活動しだした日本派


2016年06月11日(土)

下記の団体に対しまして、以下の通り支援を行いましたのでご報告致します。

支援日
平成28年6月10日

支援先
行動する保守運動

裁判内容
民進党参議院議員、有田芳生による桜井誠氏への誹謗中傷に対して

名誉毀損罪で提訴

支援内容
上記に掛かる提訴費用

(本支援に於いて、桜井誠氏個人のお名前を公表するに当たりましてはご本人様の了解を得ております。)

今回の支援が、保守系裁判支援団体すみれの会として行う最初の支援となります。これも皆様から頂きましたご寄付を以って運営する当団体としての最初の活動報告でもあります。今後もこのような形で支援のご報告をさせて頂きたいと存じます。

皆様のご支援に心底より感謝申し上げるとともに、今後ともご支援の程、宜しくお願い申し上げます。

http://ameblo.jp/saibanshiensumirenokai/


訴訟内容
「自称桜井誠=高田誠の存在がヘイトスピーチ=差別煽動そのものです。差別に寄生して生活を営んでいるのですから論外です。」など他一件のツイッターでの発言事実を受けて、著しく原告側の名誉が傷つけられたとして被告に対し500万円の賠償を求める。

今回はスピード重視で訴訟としてはツイッターから直近の発言二件、確実に名誉棄損にあたるものを選んで東京地裁に提訴しました。本件については近日中に記者会見を開きます。ヘイトスピーチ反対を訴える公人としての国会議員が、一私人に過ぎない桜井に対してヘイトスピーチを撒き散らすことが許されるのか?を司法に問いたいと思います。

そもそも国会議員たる者が訴訟内容(他にも多数)にあるような言葉を有権者に投げかけるというのが理解できません。この件について法廷できっちりと有田芳生に問い質したいと思います。日頃、法務委員会で御託を並べるのがお好きな御仁のようですので、きっと法廷でも自己正当化の素晴らしい答弁をして頂けるものと信じております。

裁判については保守系裁判支援団体すみれの会から支援頂きました。改めてすみれの会にご支援賜りました皆さまに心より感謝申し上げますと共に、該当裁判で有田芳生の名誉棄損行為を徹底的に白日の下に晒したいと思います。本件裁判について読者諸氏の変わらぬご支援ご声援を何とぞ宜しくお願いします。

平成28年6月12日(日) 行動する保守運動 代表 桜井誠
http://ameblo.jp/doronpa01/entry-12169328911.html

・・・・・・・・・・・・・・・・・

筆者も高齢でなければ実際に「行動する保守運動」に参加したいくらいだが、昨日も5種類の病院検査をした身なので動き回ることはかなわない。

中国が挑発的な軍事行動を日本近海でやりまくっている現況で左翼やマスコミの反日行動は中国や朝鮮の工作集団と本質的に同じものである。「戦争しない」=「日本を攻撃してください!」アピールなわけで、日本国民にとってこれほど危険な勢力はない。

ダウンタンの松本が出ているニュース番組で古市某(それがし)がロックコンサートでの左翼団体出演を擁護している発言があったが、この番組はフジテレビだったと思うが、さすがに朝鮮系テレビ局である。アイドル板にも「安倍云々」の書き込みが出てくるが、確かに食事中に出てくるゴキブリそのものだ。「不快さ」の意味や存在が理解できていないのが朝鮮系左翼の特徴である。

食事も音楽も「中立」は絶対的条件であり、政治や宗教による場での音楽と意味合いが全く違う。「集会」と「コンサート」の違いになるわけだが、コンサートで政治活動をするのはコンサートを破壊するのに等しい。一般大衆の「楽しみ」を政治活動でぶち壊してしまう。この「感性」が嫌悪感を誘う。

「桜井誠」の運動は「仕掛けた側の運動や活動」ではない。防衛的な運動であって、喧嘩でも先に手を出した側が悪いとされるのと同じ類のものだ。「正当防衛」という言葉を思い出せば誰でも簡単に感覚的に理解できるはずだ。

ヤクザの乱暴行為を何故、警察が取り締まるか?取り締まらないとヤクザが跋扈して社会が無法地帯になってしまうからである。無法に政治もヤクザもない。「無法」は「無法」なのである。

『野党が共同で提出した「人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律案」が4日、参院法務委員会で審議入りした。

 提出者を代表して趣旨説明を行った民主党の小川敏夫議員は、わが国で近年、在日朝鮮人や在日韓国人に対するいわゆるヘイトスピーチを伴うデモ行進、外国人への入居差別などが問題になっていると指摘し、あらゆる分野でこうした差別をなくし、人種等を異にする者が相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現することが重要だと述べた。

 同法案は、人種等を理由とする差別の禁止等の基本原則として、(1)何人も、特定の者に対し、その者の人種等を理由とする侮辱、嫌がらせその他の不当な差別的言動をすることその他人種等を理由とする不当な差別的行為により、他人の権利利益を侵害してはならない(2)何人も、人種等の共通の属性を有する不特定の者について、それらの者に著しく不安もしくは迷惑を覚えさせる目的またはそれらの者に対する当該属性を理由とする不当な差別的取り扱いをすることを助長しもしくは誘発する目的で、公然と、当該属性を理由とする不当な差別的言動をしてはならない――等を定めることとしている。また、国や地方公共団体にこれらの基本原則に基づいた関連施策の総合的な策定などを求めている。』

ここの「わが国で近年、在日朝鮮人や在日韓国人に対するいわゆるヘイトスピーチを伴うデモ行進、外国人への入居差別などが問題になっている」で問題になるのは「そういうデモが起きる理由」を述べないところだ。「作用に対する反作用」は物理現象であるが、「反作用」が起きるのは先に「作用」があるからだ。この「作用」を述べない限り「反作用」の記述は論理としてなりたたない。

しかもこの問題は中国や韓国・北朝鮮の軍事活動と密接につながっているのだ。相手国に対する攪乱内部工作に位置づけができるわけで、戦争状態であれば即座に逮捕・勾留のスパイ工作活動としてみなされるものだ。しかも、近隣諸国との挑発的戦争色がどんどんと強くなっているのである。

近隣反日国の工作員もどきの人物を東京都知事にした反省を踏まえて、東京都民の良識発揮を願いたいものだ。各地方都市まで連鎖波及するのはお断りである。
スポンサーサイト

「どこの誰が?」を曖昧にした議論に要注意!


『オランダの自由党は英国の離脱派が勢いをつける以前からEUに懐疑的であった。ウィルダース党首はEU委員会がオランダの政治を左右していることに反対して、彼は常々〈「我々自身が我々の国、我々のお金、我々の国境そして移民への取り組みを担うべきだ。私が首相になれば、EUから離脱することについての国民投票を実施する。オランダ国民にその決定を任す」〉と発言しているように、今回の英国のEU離脱は彼にとって大きは弾みとなっている。しかも、彼が首相になる可能性も浮上している。(参照:『El Confidencial』)

 次に、スウェーデンはスカンジナビアにおける英国という位置にある。即ち、EU加盟はしているが、ユーロ通貨は採用していないということだ。今回の英国のEU離脱はスウェーデンの今後の政治を大きく左右することになると思われる。EUの移民対策に従って移民を多く受け入れたが、それを快く思わない人々の支持を受けて極右派が力をつけて来ているのだ。

 デンマークも、スウェーデンと同様に移民問題によって長年築き上げた社会保障システムが壊れる可能性が生まれている。さらに、デンマークは英国と政治的体質が似ており、これまでEU内における交渉で英国を頼りに共同歩調を良く取って来た国である。その英国がパートナーとしていなくなると強力な味方をなくしたことになる。

 イタリアの北部同盟は今回の英国の離脱に強い感謝を表明している。これでイタリア国内で国民投票を実施出来る動機が出来たとしている。』

http://hbol.jp/99211/3

英国のEU離脱で波及しやすい欧州諸国の事情を列挙している記事は少ないが、重要なのは英国民の損得勘定よりもこちらの方だ。英国でも

『2016年6月23日に実施されたイギリスの欧州連合離脱是非を問う国民投票で欧州連合(EU)からの離脱が決定したが、スコットランドでは62%が残留を支持したことから、自治政府首相のニコラ・スタージョンは独立した上でEUに加盟する可能性を示唆した』

これも本質はスコットランドの「我々自身が我々の国、我々のお金、我々の国境そして移民への取り組みを担うべきだ。」と主張するオランダの自由党と同じ住民主権の問題と繋がっている。

損得勘定の記事ばかりだが「カネの問題」は自分の問題であり、それを他者に委ねてしまえば自分の独立、あるいは自分の自立が成り立たないという、ある意味、真っ当な考え方が英国EU離脱で表に出てきたのである。

主権というのは自分を確立する「絶対条件」なのだ。幼児期の子供に主権が認められていないのは親が子供の面倒を見ているからであり、子供が親の面倒を見ていると面倒の量だけ子供に主権が移る。この場合の主権は「発言」の重さだ。同じ意味で夫婦の関係も出てくる。誰が財布を握っているかで「主導権」が変わる。

主権がなければ何を言っても誰からも相手にされないし、実際、精神異常と見做された人物は法的責任さえ社会的に認められず、犯罪を犯せば無罪になってしまう。無罪になるのは個人として社会が認めてない「無」であるからだ。要するに風のような自然現象扱いだから犯罪が成立しない。

空想的理想論として「世界政府」があるが、その世界政府の政策を「どこの誰」がやるのかは常に曖昧である。共産主義でも経団連のグローバル主義でも、この一番重要なところが曖昧にされて言及されない。だから左翼の主張と財界の主張が不思議なほどに一致してくる。内心「俺が世界を操るのだ」と互いに考えているのは明らかだが、しかし口には出せない。現にある社会は「民主主義」を掲げているからだ。民主主義の理念に真っ向から立ち向かっているのが共産主義やグローバル主義なのである。

「どこの誰が?」という疑問は現実の問題と直結するので「嘘」「詐欺」「ペテン」に騙されないために絶対に必要な疑問である。「具体性」は「手口」を浮き上がらせる。同じ手口なら見かけは正反対でも実は同じなのである。共産主義もナチズムも「自由な発言を弾圧する体制」として同じということだ。

「自由な発言」も「主権」が確立されて成り立ち、かつ意味を持つ。「主権」がなければ繰り返すが風のような自然現象と同じであり、風の音には政治の論議の場では誰も気にしない。

国際政治での主権は「国家」である。国家がなければ国際政治の場では発言の場や機会さえ与えられない。だから欧州諸国の反EU政党はそろってこれを問題にしている。国民すべてが市民権を失うに等しいからである。

「どこの誰?」を曖昧にした論には注意したい。

人工知能による政治を目指そう!

時代には「時代」の演出方法がある。この「時代」を読み違えば「時代錯誤!」とか「バカ!」「アホ!」とかの罵倒が飛んでくる。内容自体はさほど変わらないのだが演出の仕方で「間抜けぶり」が出てくる。間抜けに見える演出をやるから「間抜け」なのだ。状況を把握していないから間抜けな演出をしてしまう。

筆者は次の新しい政党は「人工知能」を前面に押し出してくる政党だと考えている。将棋でもチェスでも碁でも結局は「人工知能」に負けてしまうのだから、それなら最初から「人工知能」を代役にすればいいのだ。「ビッグデーター」という新しい概念も出てきているが、このビッグデーターを自在に使いこなせるのも人工知能なのである。

こういう手法で「人工知能」が政治の前面に出てくればどうなるか?

そこらの政治家は知恵遅れの人間としか見えなくなる。何を主張しても人工知能にやり込められてしまうから、その光景を見た有権者は「人工知能」に確実に信頼を置き、信認するはずだ。そして、それは人間にとっても幸福なのである。人工知能は自分のための政治をやらない。社会の最適化を並列的に情報を処理して「これでないと社会システムはどこかで支障を生み出しますと」と告げる。もちろん実際には「どこか」という曖昧なことを言わず、具体的にどの場所でどういうことが起きると告げることになる。

こういう時代が目前にきているのだ。

人工知能の一般消費者向け販売も近々売り出され来るはずだが、こうなると将棋のプロでも今までの素人相手の勝負とは違うことを思い知ることになる。病気でも人工知能による診断は実際の医者の診断より格段に誤診が少ないという報告が出ている。

合理性とはどうい事かといえば、「無駄なことを極力しない」考え方のことだ。「水を遠くの川に汲みに行くなら水道を作ればいい」という考え方が合理主義なのである。海外視察に何千万円もかけて出て行って、得るものは単純に議員の遊行であったということが行われているのは信じられないほどの原始的な光景だ。

海外視察をする前に訪問先のデーターをインターネットで集めるだけ集めて置けば海外視察の目的の99%は達せられるはずなのである。いや、それ以上の成果を事前調査だけで得られる。これが「水道を引く」合理主義なのだ。

では「水道ができて今まで水を汲みにっていた時間が余った・・・」これはどういう意味なのか?他の足りなかったことをやれる時間ができたということだ。合理性が行き渡れば行き渡るほど一人の人間が10人にも20人にも化ける。合理性で武装された一人の兵士は非合理で野蛮な100人の敵をも相手にできるのである。だから社会は本能的に合理的な社会を目指してきた。原始時代から現在に至る人類史がそのことを証明している。

人類史の変化を直接に押し上げてくるのは「情報」である。

『モノのインターネット(Internet of Things、IoT)は、様々な「物」がインターネットに接続され、情報交換することにより相互に制御する仕組みである。それによる社会の実現も指す。「物のインターネット」と表記された例もある。』

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%8E%E3%81%AE%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88

これは別に難しいことを言っているわけではなく現状の説明をしているに過ぎない記述だ。こういう社会の動きに政治はどれだけ対応しているのか?あるいは対応しようとしているのか?

政治で考えばならないことはこのことだ。

「人工知能を党首に!」には冗談ではなく、やがてくる現実として筆者は言っている。後はそれに向けて行動開始するだけのことだ。

システム思考のできる政治家を選ぼう!

パソコンに慣れていると「最適化」という言葉によく接するが、「最適化」の応用範囲は非常に広い。映像だと何度も使い回しているとゴミがついて観づらくなってくるが、これをクリーンに、つまりゴミの除去をするソフトもある。

要するに「最適化」というのは無用の存在、無用の行為・行動を除去する作業であって、これによってコスト対効果を高めていく。

「最適化」の考えを政治に応用すればどうなるか?「効率の向上」を目的とするので最初の対象は行政の最適化だ。行政を最適化するために政治を行うということで、この作業をやらない政治は政治自体がゴミになってしまうので政治も除去の対象になってしまう。では誰が、あるいは何が政治をやるのか?

ここで人工知能が出てくる。人工知能は機械である。この機械は同時に「最適化」を自分自身にもやって絶えず自分をクリーンにし、そのクリーンな状態で判断をしていく。「人工知能」は命令遂行だけではなく、その命令や指示が妥当かどうかさえ判断するから「人工知能」なのである。一般的な機械はどんな命令でも判断無しにやるから「知能」のある機械として認められていない。その機械の能力を超えた場合は停止するだけだ。

コンピューターの処理は高度になればなるほど並列的な処理が増えてくる。「水道が止まった」「どこそこの地域で地震があった」「官庁や会社は休日だ」「家族が居ない」「パソコンがネットに繋がらない」「車のガソリンがこれだけの量しかない」等々、ある事態が起きたときの状況は様々なことで複合している。この複合の整理で最適行動を判断して示すのが「人工知能」の役割だ。「知能」が複合的な処理を示すものであることが解る。

「知能の高低」は並列的な複合処理をどれだけ最適化できるか?これで決まってくる。「賢い動物」「バカな動物」もこの考えによる判断に他ならない。

その意味で複合的な判断は複雑になればなるほど人の能力を超えてくる。新幹線の運行システムを一人の人間がやれるかどうかを考えれば筆者が言っている意味が理解できるはずだ。運行システムで異議を訴えてくる人間は単純にアホでしかない。

『ビッグデータは、大部分のリレーショナルデータベース管理システム、デスクトップ統計可視化パッケージでは処理が困難であり、その代わり、「数十台、数百台、ときには数千台ものサーバ上で動く大規模並列化ソフトウェア」が必要になる。何を「ビッグデータ」と考えるかは、データ集合を管理する組織の能力と、扱うデータの領域において従来分析に用いられてきたアプリケーションの能力に依存する。数百ギガバイトのデータに初めて直面してデータ管理の選択肢について再検討を始めた組織もある。また数十、数百テラバイトのデータになって初めて真剣に検討が必要になった組織もある』

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%83%E3%82%B0%E3%83%87%E3%83%BC%E3%82%BF

苦笑するしかないビッグデーターの説明なので引用するのをやめた。絵画の描き方で倣えば大まかな輪郭を描かずにいきなり細部にこだわる描き方といえる。ともかく機械、あるいは技術を使っての行政指示を出すのがこれからの政治家になる。

問題は「行政指示」の表現力だ。相手に指示を理解させるには簡潔明瞭な説明が要るが、上記のビッグデーターなどの説明文では相手が居眠りをしてしまう。行政は学校ではないのだ。実行することが前提なので実行させるための具体的な指示が必要になる。これを今の政治家はやれるのか?

在日朝鮮人中心の左翼政党や公明党は感情を煽ることが政治だと思っている。どこまで一般国民をなめているのか?中国や朝鮮では通用しても日本では通用しない。それだけの技術社会になっているのだ。「技術社会」とあえて書いたのは「システム」という言葉が日本では普通に馴染んでいるためだ。感情を煽ってシステムを運営できるか?という話である。

これがテレビでも新聞でも判っていない。どこまで日本大衆をバカだと思い込んでいるのか?テレビ・新聞でも現場に足を踏み入れると至る所にテクノロジーの成果がある。それを操っているのは記者か?それとも現場労働者か?これをまともに直視しろ!と言いたい。

こういう環境に馴染んでいると「冷静さ」は物事を進めていく絶対条件であることを理屈ではなく体で知ってしまう。感情で動けば大怪我をするか、重大な故障を起こすから冷静になるしかない。現場はノー天気なサロンという場ではない。メカニズムの直接の場なのである。

日本で政治革命が必要になってきているのは「感情を煽る」情けない連中が政治家になっているためだ。社会はシステムである。急病になったら救急システムが働いて救急車や救急病院が動く。このシステムを正常に運営させるには政治家自身がシステム思考を持っていなければならない。でないと政治家の存在が社会システムを脅かしてしまう。

改めて問いたい。「政治家の誰がシステム思考を持っているのか?」これを是非とも教えてもらたい。選挙ではそのような人物に投票する。

適者生存という方法論

コンピューターの考え方というのは粘菌の増殖と同じもので初めに試みる。この「試み」が膨大かつ迅速あるために「最適」の結論を出すのが早いわけだが、方法論は大昔からあった適者生存の淘汰論である。適者生存は個ではなく群れで行われる。死屍累々の中でわずかな生き残りがあり、この生き残りは淘汰の網をくぐった生き残りでもある。つまり生き延びれる条件を備わっていたから生き残ることができた。

コンピュータはこの適者生存を仮想でやっていく。「これはダメだ」「こっちもダメだな」と、とことんまで愚直に正解を求めて次々とシミレーションを展開し、その過程で次善とも呼ぶべき合理性を見つけていく。「次善」としたのは「絶対的な正解」をコンピューターは最初から持っていないからである。

蟻や蜂などの集団行動を生活様式にしている生き物は個体自体の知能は大したことがない。しかし知能がほとんどない生き物であるにもかかわらず集団としての知能には目を見張らせる賢さがある。この賢さはコンピューターの賢さと同じものだ。愚直に群れのひとつひとつが単純に行動し、その単純な行動が集積して驚くべき群れとしての生存力を持つようになっていく。

コンピューターの思考法を考えていくと個体、個人の頭の良さを評価するのはバカとしか言えないことが理解できる。重要なのは愚直に試みることであり、何万何千万の愚直な試みの集積でとんでもない成果を上げるのが生命史の示すところだ。だから「やってみなはれ!」と指図するのは理に適っているのである。「やってみる」ことによってデーターが溜まり、このデーターの集積で無駄のない行動が生まれてくる。逆に言えば「何もやらない」人物はデーターを生み出さないクズなのである。

「けもの道」はその道が動くのに適した条件を持っているからどの動物もその道を使う。どの動物も頻繁に行き来するから「道」はさらに動きやすい通路となっていく。動物の体重で道が均(なら)されていくからだ。自然というのはこういう合理性を常に示してくる。科学も結局は自然の解明に過ぎない。自然が手本となっている。

この自然の手法に対して人知を信用する間抜けが居る。宗教やイデオロギーがそれに該当するが、これは設計図で何もかもが解決するという恐ろしほどに単純な頭だから「間抜け」とした。宇宙・地球のどれを誰が設計したというのか?設計したと、神でも何でもいいが、何者かが設計したと考えるから「絶対」という存在を信じてややこしいことを言い出す。現実の自然に「絶対」はない。絶えず動き続けている。何かに対応し、バランスを求めて動き続けている。この「動き続ける」ことこそ自然の状態なのである。動き続けるから「絶対」という「静止」が生まれない。

インフレ・デフレも一種の思い込みであって、「値段が上がる」「値段が下がる」はひとつの運動であり、運動である限り逆の作用が必ず働く。走れば風圧が生まれて運動を止めようとするわけであり、値段が上がれば値段を下げようとする力がでてくる。値段が下がり続けば値段が下がるのを防ごうとする動きが出てくる。問題はその「反対の力は何であるか?」だ。

この答えも粘菌やけもの道の動きと同じであって、試みの結果がある道筋を作っていく。だから「誰がどのような試みをしているか?」を知ることである。この試みのデーターが集まれば集まるほど将来像が明瞭に見えてくる。

グローバリズムが単純な画一化で進めば、そもそも自然法則と反対の試みなのである。人は試行錯誤を繰り返しながら歩み続けるわけだが、この「試行錯誤」はけもの道を作り出す過程と全く同じだ。「道」としての条件を失っていけばどの動物もその道を通路として使わなくなり、、結果、けもの道は消滅してどこかで通路としての条件を備えた道が新たに生まれてくる。

インフレ・デフレの言葉に踊らされる必要は全くない。適者生存の道だけを考えれば前に進む道は自然と出来上がっていく。賃金が安くなれば物価も必然的に安くなる。物価が安くなれば企業は利益を失って倒産し、失業者がさらに増大するという理屈があるが、増大した失業者はどうなるのか?消滅するのか?それでは人間は消えてしまうが、そういうことが起こりうるのか?

人は物ではないのだ。人は考えて動く動物なのだ。このままいけば消滅してしまうとなれば消滅しないように考えて動く。それによって新たに「けもの道」が生まれてくる。

将来像を観るつもりならば「観察」に徹することだ。観察しつつ自分でも試み、自分で試みたものは自分のデーターとなって残る。観察と体験の両輪で人は生存力を養っていく。繰り返すが「踊らされる」ほどアホらしいことはない。

朝鮮総連が「聖戦」指示 反対勢力に総攻撃・総決死戦

朝鮮総連が「聖戦」指示 反対勢力に総攻撃・総決死戦

 在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)が、核開発を主導する北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長就任を受け、反対勢力へ総攻撃・総決死戦で臨む聖戦を傘下団体に指示したことが20日、分かった。朝鮮総連関係者が明らかにした。このため、朝鮮総連は金委員長礼賛行事を各地で展開中で、朝鮮労働党第7回大会の北朝鮮訪問団に金委員長へ上納金を持参するよう求めたことも判明。政府は朝鮮総連の過激な言動を危惧し動向監視を強めている。

 関係者によると、朝鮮総連の許宗萬(ホ・ジョンマン)議長は5月18日、大阪市で開いた西日本の幹部を集めた協議会で「金正恩元帥様に無限の栄光を抱かせるため、朝鮮総連の反対勢力に総攻撃・総決死戦を繰り広げ勝利を勝ち取ろう」と指示した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160621-00000071-san-kr

↑  これでマスコミも野党も公明党も日本人側に立つか、朝鮮人側に立つかの態度を明解にさせる必要が出てきた。筆者は数年前ほどから朝鮮人による日本乗っ取りクーデターの策謀が行われていると指摘してきたが、ここにきてなおマスコミや野党、及び公明党、自民党の偽日本人グループが態度を不鮮明にする場合、間違いなく日本破壊側の工作集団と見做してよい。マスコミはおそらく中国人を大きく取り上げて日本内部で工作をしている朝鮮人勢力の動きをかすませようとしてくるはずだが、この指摘を「謀略病」とするのはアホ以外にはない。事実を観まいとしているから「アホ」なのだ。事態の進行で大被害を受けるのは日本人なのである。

朝鮮人の動きの背後にはもちろん中国が居る。朝鮮人は炭鉱のカナリアと同じで、カナリアが死ねば致死性のガスが充満しているわけだから人間は退避せねばならない。朝鮮人の謀略が失敗すれば中国人は「知らぬ、存ぜぬ」という態度に豹変する。中国と韓国の外交が正しくそれであった。

その意味で朝鮮人の謀略を未然に防ぐことは中国を牽制することに繋がってくる。これが逆に謀略が巧く行けば中国は正面から日本攻撃を始めてくる。「謀略」というのは秘密の性質があるので「謀略など被害妄想だ!」と弁明することはたやすい。しかし、謀略を疑える状況があるということは家の周りに不審な人間がうろついているのと同じだ。不審な人間がうろついているのに無防備であるのは無防備である方が間抜けなのだ。

一番簡単に「安全」を確保するのは不審な人間を追い払うことである。この「不審な人間を追い払う」ことで反対する勢力がマスコミや左翼野党、公明党、自民党の一部議員であるから、こちらの連中をも日本国民は警戒が要る。

マスコミが反日外国勢力に取り込まれてしまうとこういうことが起きてしまう。日本の安全がどんどんと脅かされるという事態に陥ってしまう。「戦争反対!」と叫びながら戦争状態を引き起こす。当然であって、泥棒や強盗に「我が家は鍵も掛けていないし、侵入しても抵抗しません!警察に助けを呼ぶこともしません!」と公言すれば絶好の機会がやってきたと強盗や泥棒が押し寄せてくる。これを日本のマスコミや反日勢力は今までやって来たのである。

もっとも反日連中がここまで突っ込んで来れば敵味方の見分けも簡単になるから、その意味では日本を守る好機でもある。この機会を逃さず、「反日大勢力」をいっきに一掃しようではないか?少なくとも一掃する砦を築くチャンスにはなる。

桜井誠の知事選立候補

桜井誠会長の正体については、ネット上でいろいろと語られています。たとえば「桜井誠は通名で、在日朝鮮人である」などのデマも飛び交っています。本名は不当逮捕をされた時に「高田誠」と広く知られることになりました。

なぜ「桜井誠」と名乗っているのか?

これについては以前からニコニコ動画・生放送(在日特権を許さない市民の会 ( http://www.zaitokukai.info ) 公式生放送コミュニティです)で本人がこれまでも語って来たように、「まだ韓国問題・朝鮮問題がタブーだった頃に著書を出版したが、出版社から韓国・朝鮮問題は非常に危険性を伴うので、本名ではなくペンネームで出版するように強く勧められたため」ということです。

~在特会を始めるキッカケはなんだったのか?~

一番のキッカケは在日無年金訴訟問題です。

在日が年金制度に入れなかったのは日本政府の差別政策のためだから「自分たちは年金を1円も納めていないけれど年金よこせ」っていう裁判です。その裁判を支援する日本人の組織が福岡でできたと。それに対しものすごいビックリしたんですよ。

(中略)

それで頭に来ていろんな保守系団体を調べたんですよ。どこかが抗議してるはずだろうと思って。しかし1つもなかったんですよ。それでもう、無けりゃ自分で作るしかないだろうと、これが一番のキッカケですね。

(中略)

不条理ですよ。彼らは自分達は日本にそんなに長居するつもりはない、いずれ韓国に帰るから年金制度なんか誰が入るかって言ってたんです。それは文書にも残っている。そんなことを言っておきながら、自分が実際に歳をとってきたら「年金よこせ」というのは、あまりにも日本を馬鹿にし過ぎてる。

『ジャパニズム15(青林堂) 「在特会の真実を今こそ激白!」 桜井誠インタビュー 西村幸祐 より抜粋、引用』

不可解なのは在特会側の逮捕者は実名ですぐに報道されたのに対して、在特会のデモを妨害する「レイシストしばき隊」からも4名ほどの逮捕者が出たにもかかわらず、しばき隊側の逮捕者についてはマスメディアから全く発表がありませんでした。

これは一体なぜなのでしょうか?

メディアが偏向報道をしていることは既に広く知られていることですが、この在特会(在日特権を許さない市民の会)問題についてもかなりの偏りがあるのではないでしょうか?

在特会がいったい何を問題にして立ち上がり、世の中に何を訴えようとしているのか? まるで社会に伝えられず一方的にレイシスト、ヘイトスピーチのレッテルが貼られようとしているのではないでしょうか?

↑在特会の正体【マスコミが一切伝えない本当の事】から抜粋

このサイトのアドレスが貼れないので↓の検索アドレスで代用した。

https://www.google.co.jp/#q=%E5%9C%A8%E7%89%B9%E4%BC%9A

↓こちらは【在特会・桜井誠】橋下大阪市長とのマジバトル!会談の裏話

https://www.youtube.com/watch?v=ueffyx0YYgU&feature=youtu.be

「マスコミが隠しまくってることこそ正義!」という図式が通用する現状があるので筆者も桜井に興味を持って調べてみた。「報道しないことはなかったこと」のマスコミ論理で在特会は黙殺されてきたが、朝鮮人左翼の発狂的な蛮行でむしろ左翼連中が在特会を世間に浮き上がらせたとも言える。

橋下との会談でも橋下の強圧的な態度に対して冷静な桜井の態度が筆者の認識を変えたわけだが、「冷静」な態度というのは論理的な裏付けがあるからこそ取れる態度である。逆に強圧的な態度、あるいは興奮した態度は「論理の放棄」をする態度でもある。水道の水が出ないからと水道に向かって怒鳴りつける「愚かさ」の態度だ。

東京都知事選に立候補した桜井をこれからもマスコミは黙殺するか、あるいはさらに踏み込んで誹謗・中傷の報道をしてくるかが見ものであるが、どちらにしてもこれでさらにマスコミは「反日本人」の姿を浮き彫りにすることになる。潰すべきはこの「日本人」全ての敵である「マスコミ」の方だ。

そしてマスコミに変わって新たなマスコミをネット上で作ればよい。「新たなマスコミ」はもちろん今までのマスコミのやり方を否定する方法でなければならない。つまり「冷静さ」の論議だ。現在の世間が求めているのはこの「冷静な論議のやり取り」なのである。

「ショールーム」という新しい可能性


https://youtu.be/wcHXIgXV0hw

↑ 今回は簡易アニメにしたので手間を食った。本来は成人向きのストーリなのだが、それを一般向けにどう演出するかが難しいところ。ユーチューブは一般向けなので。ただ、要所要所を動かすとどれくらい時間がかかるかの目安はできてきた。

創作する側の立場で言えばバッターボックスに立っているのと外野席でヤジを飛ばすのとでは世界が違うくらいの距離がある。AKBでも舞台に立つまでには相当な稽古と様々な体験をして舞台に立っている。この「相当な稽古と様々な体験」を観客側は普通は考えない。考えなくても一向にかまわないのだが、しかしバッターボックスに立つことを経験しているとその見えない部分をも観てしまう。些細なことを発見して面白がるというか、興味が深まっていく。料理屋での味にうるさい客と同じだ。

「AKBは凋落するか?」という書き込みが増えてきたが、これは運営側が次のシーンを作れるか否かで決まってくる。そして次のシーンを作れるメンバーが育っているのだ。いや、揃っているというべきか。

これを頭がぼけた人間が運営に集まっていると次のシーンを作れない。筆者はショールームでチーム8のメンバーの動画を次々と落とした。チーム8には一般芸能界でも十分に戦える逸材が多いのだ。ただ、メンバーにも向き不向きがある。その向き不向きを見抜いてそれぞれに適所で動かせるシーンを作れるかどうかは創造的な素質が要る。その意味で単純な作業としか「運営業」を捉えていない人物は邪魔になってくる。「邪魔」としたのは「創造」を疎外する側にそのような人物は回るからだ。自分の立場でしか物事を観ないのでそうなってしまう。「メンバー管理」の頭もそのような人物だ。

「メンバー管理」の頭で問題になるのは「管理」にこだわって「営業」を考えないからである。これでHKTの場合、指原とHKT元支配人が対立してHKT元支配人は役職を解かれた。指原は「管理」より「営業」を重視する人物だ。だから元支配人がテレビ局の仕事よりHKTの舞台を優先したことに激怒した。舞台などの内仕事はテレビ局の外仕事より優先順位が低いと指原は考えているのである。この対立に年齢などは関係がない。仕事をどのように捉えるかの考え方の問題だ。

ショールームの良いところは演出の工夫が特定の誰かに集中しないで出演するメンバーが各自に考えることができる点だ。ここには創意工夫はあっても教科書はない。情報の集め方も一人一人の個性によって種類が違ってくる。結果、偏った趣味だけで演出されるのとは違った多様性をショールームという形式は持つようになる。この多様な演出のぶつかり合いで洗練も出てくる。そして、その「洗練」こそビジネスが求めるものなのだ。「ビジネス」としたのは「客を集めてなんぼ」の商売になるためだ。商売になれば収益をメンバーに還元できるのだ。収益が還元されるとメンバーの意欲も強くなる。この相乗効果でショールームビジネスも成立していく。

個性を生かした形式という面で「ショールーム」ビジネスはかなりの可能性がある。

在日と創価と「ヘイトスピーチ」

野村奈央
テレビ局の世論工作


中国では、政府によるネット上のプロパガンダのために200万人もの人が雇われていると言われています。ただその工作員がネットに書き込んでいる内容は、共産党の賛美とか、オバマ大統領の母ちゃん出べそとか、そういうことではありません。誰かが政府批判していても、それを否定するような発言はせず、単に話題を変えるだけなのです。

ハーバード大学の研究チームが、2014年に中国江西省にあるインターネットプロパガンダ事務局から流出した大量の文書を分析しました。研究チームが発見したのは、工作員たちが政府批判の間違いを指摘しているわけではなく、ただ話の流れを変えるような発言を投下しているということでした。

その工作員たちは、報酬が1メッセージあたり0.5人民元(5毛≒約8円)とされるところから「Fifty Cent Party」(五毛党)と呼ばれています。少ない単価をカバーしようとするかのように、彼らはものすごい量のポストをしています。研究チームの試算では、五毛党員のソーシャルメディア上のポストは年間約4億4800万件に上ります。そのうち53%は政府が管理するサイト上に、残りは他のソーシャルメディアサービス、たとえば中国版TwitterのWeiboなどにポストされたものです。

Gary Kingさん、Jennifer Panさん、Margaret E. Robertsさんの共著による論文には次のようにあります。

http://www.gizmodo.jp/2016/05/china_1.html

日にちを置いたら趣旨が変わってしまったが、テレビ局はよっぽど純日本人を東京都知事にさせたくないらしいなと思わせるアドバルーン工作をやりだりだしている。テレビ局の韓国や在日朝鮮人の暗躍は想像以上で、筆者などはAKBのアイドル板を毎日見ているが、韓国寄りのAKBメンバーは人気がなくてもテレビ出演などを用意され、ま・・在日資本がAKBに流れ込んでいるので、日本人ファンの多さからかろうじてAKBが韓国アイドルグループになっていないのが実際の現状だと認識している。

そういった政治的考慮は面白くないから続けないが・・・ショールーム考を引き続き述べる。最初に野村奈央の簡易にまとめた画像を持ってきたのは彼女の若さに驚いたからだ。ショールームを観ていたときはてっきり20歳くらいの女性だと思っていた。また彼女がショールームに出てくるまで筆者は全くその存在を知らなかった。

落語でも漫画でも映画でも小説でも、最初に客を呼び込むための工夫を普通はする。「キャッチ」と呼んでもいいが、この工夫がなければどんなに内容が良くても人は関心を持たない。この工夫を「あざとい」とするのは簡単だが、あざとくても工夫がないよりはよほどマシだ。「工夫」は他の人への接点を意識しているから生まれくる。接点に無関心なら「工夫」などしない。

誘い水を作って自分に引き寄せ、引き寄せてから「本当の勝負」というか「本当の他者との関わり」を築くことになる。つまり「あざとさ」には次があり、「次こそ本命」だから「次」を観なくてはならない。この「次」がなければ「あざとさ」は悪い印象だけ、つまり「あいつはあざとい奴だ」と決めつけられてしまう。このリスクがあるから多くの人は「キャッチ」を避ける。「自分が何もしなくても人は認めてくれる」と楽観的に考えるし、またその姿勢は「何もしないから楽」なのだ。

しかし世の中は間違いなく「リスクを負う」者をちゃんと評価する。事業を興して大儲けをしても「失敗すれば破産」という大きなリスクを負ったから憎まれるということはない。憎まれる場合は卑怯・卑劣などの手を使ったからで、大きく儲けることにあるのではない。この「卑怯・卑劣」に対しての嫌悪や憎悪は多くの国々でも共通の感情だ。だからデタラメな政策をやっている国は情報を隠蔽するために言論統制をしてくる。

日本の場合は橋下が最後に大阪で「ヘイトスピーチ」を可決させてしまったこともこれと関連がある。「朝鮮人が何をしているかを言えば捕まえるぞ!」というのがこの「ヘイトスピーチ」の狙いだ。これを可決させるために意図的に朝鮮人侮辱の言葉を書き散らす工作をネットでやっている。在日朝鮮人の街宣車を走らせる街頭右翼と同じことだが、これによって「右翼」という言葉が相当に穢(けが)されたのは確かだ。

しかし、こういうことも世間に広まると「卑怯・卑劣」の手口となるわけで、在日朝鮮人の嫌悪感が拡大していく。そこに舛添要一東京都知事の事例が出てきた。舛添要一は自分から朝鮮人だとテレビ番組で口にしている人物だから、帰化や在日三世などの国籍はともかく意識は朝鮮人であるはずだ。

これに「創価学会」が繋がってくる。舛添要一の妻が創価学会婦人部の要職についている問題だ。舛添要一東京都知事が粘れば粘るほど在日朝鮮人と創価学会の繋がりが鮮明に浮かび上がってくる。「創価学会は日本人の宗教団体か?」という以前から指摘され続けてきた疑惑だ。しかも、この創価学会のテレビや新聞の浸透が在日朝鮮人と同じく無視できないくらいの大きさなのである。

こういう流れや関係性を観るとテレビが何を意図して政治的キャンペーンをやっているかが見えてくる。筆者が反マスコミの態度を鮮明にしだしたのはこういった事実が次々と起きているからだ。日本が日本でなくなることに非常な危機感がある。

インターネットの時代

ショールーム考案

物事の「発展」「進化」を決めるのは想像力だが、この想像力も知識や情報を持っていなければ発展も進化もしょうがない。「ショールーム」形式は絵画ソフトや動画編集ソフトの知識があればいくらでも「面白くできる」形態なのである。試しにチーム8の京都と茨城選出のメンバー登場に背景を青色にした。この青色は青色の布や青色の紙をセロテープで壁に貼り付ければ、いとも簡単に合成の用意ができる。

AKBの「ショールーム」選挙イベントはメンバーがカメラの前で喋るだけなので長時間見続けるのはよほどのファンでない限り苦痛になる。しかし背景を合成すれば構成の単純さをガラリと変えてしまう。背景は自分が撮影してきた動画でもいいし、趣味のあれこれを見せてもいい。この「何を選択するか?」もメンバーの趣味性が如実に表れてくる。趣味性がつまらなければそのメンバーもつまらない人間だと思われる負の側面もあるが、そもそも芸能人でつまらない人間は「つまらない」という絶対的な理由で「芸能人」の資格はないのだ。

「ショールーム」イベントでメンバーの意外な発見をした人は多いと思う。筆者が岡部麟と太田奈緒の写真を出したのも、特に岡部麟に驚いたからである。AKBINGOで岡部も出ていたのだが、このショールームで最初観たときは誰だか判らなかった。岡部麟の声が前田敦子に似ていると言われていたから名前は知っていたし、BINGOで顔も知った。しかしショールームでは「誰だよ、この美少女は?」と首をひねった。それだけ筆者の知っている岡部麟と顔が重ならなかった。

AKBの少女達は髪型が変わると別人のように魅力的になるメンバーが多い。やはり鬘(かつら)のような髪型のAKBスタイルが悪いのだ。自然体で魅力的な女性はその素が出ると化ける。しかし化けさせ方も化けさせる側に映像的な知識や素養がないとむしろ逆に魅力を無くするような方向で動く。自然体で魅力的なメンバーは息が長い。知れば知るほど魅力が深まっていく。もちろん「魅力の中身」は人それぞれになるが、「魅力」の正体は「料理だ!」と悟れば評価の基準がはっきりしてくる。

インターネットン時代で大きな比重を占めるのは「映像知識や技術」である。「知識を述べる」のではなく「知識を見せる」時代がインターネット時代だ。「素材をどのように生かして調理するか?」この料理人の考え方や姿勢がインターネット時代には必須になる。当然であって情報が津波のように次々と押し寄せてくるわけだから主婦の料理程度では誰も客を呼べず、同時に「主婦の料理」は職業と呼べるものではないのだ。主婦に限らず誰でも料理はする。誰でも出来る料理では「店」は開けない。

芸能も素材はあっても調理ができないとなればどうしようもない無能揃いではないか?無能が生き延びていける時代はもうすぐ終わる。それだけの「情報」が次々と出てくる。それがインターネットの時代だ。
プロフィール

haizara

Author:haizara
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる