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タイムラインからネット広告を考える

コミュニティの在り方を考えている途中でネットの広告をツイッターを引き合いに出して触れたが、何でもやってみるものだとつくづく思う。「やってみる」とはツイッターを今まで始めなかったことだ。

SNS自体では筆者は好奇心が強いので名前を挙げないが色々とやった。メインの動機は2chみたいに「読む」というより「書き込む」ためだったが、色々なタイプのSNSが現れてくると用途別に書き分けるという意識が働きだした。この延長でYouTubeも始めた。

ネット時代はいつの間にかホームページからSNSに移りだしているが、このSNSはテレビで模すとチャンネルみたいなものだ。

どのSNSが面白いかでチャンネルを変えるようにSNSを変える。ここまでは「書き込み」ながらもSNSを利用しているという面でテレビ視聴者の行動だ。ここでSNS運営側の立場に変えると視聴者の行動を読み取って、それに合わせた広告の出し方をしないと広告収益が伸びない。筆者はネット初期から現在までパソコン歴が長いので当然ネット広告の推移をリアルタイムで観てきた。

昔のことはきれいに忘れてしまったが確か初期の広告はバナー広告が中心だったと思う。バナー広告というのはアイコンを大きくしたものだ。その形態なので広告内容が読み取れず、単純にレイアウトの邪魔だなと思う程度だった。これも伝送量が弱いという背景から来ている。これはバナー広告をクリックする動機が微弱だということに繋がる。たぶん広告出稿者はクリック数を稼げなかったはずだ。今でもこのバナー広告は多いが広告出稿者にとっては効率の悪い出稿だと考えたほうがよい。

それが当たり前だという状況では「効率が悪い」広告出稿だとはなかなか気が付かない。しかしツイッターをやって初めてツイッターでの広告出稿は理想的だと気が付いた。何故このことを誰も言い出さなかったのか不思議でならない。

ツイッターでの広告はツイートするものとタイムラインでは全く同じなのだ。

これをYouTubeの広告に摸すれば広告自体がコンテンツとしてYouTubeにアップされていることを意味する。テレビで言えば番組自体が広告ということだ。同時にツイッターの広告はスポット広告と全く同じ。またツイッターの形式がコンテンツ自体をもスポット化しているのでスポット広告との融和性が画期的に高い。

筆者が自業主なら広告出稿は同じ料金だとツイッターを使う。このポイントは「タイムライン」にある。

ツイッターが他のSNSと区別できるのは「タイムライン」をフォローすることで自分向きのタイムラインを作れるところにある。SNSの主要な目的は「ネット上で友達を作ってやり取りを楽しむ」ということなのだが、フォロー対象が各種のネットニュースだとタイムラインには各種の自分がフォローしたニュースでいっぱいになっていく。あまりにもニュースでいっぱいになるからネットニュースを筆者は絞るほどになった。

ニュースだらけになると面白くないからイラストをやっている人やアイドルもフォローしてタイムラインを楽しめるようにしているが、気が付くといつの間にかタイムラインが週刊誌みたいになってきた。そうすると記事を追うのが主力になって自分からの発信は「ついで」になってきた。主客が転倒しだした。

「SNS」とひとくくりをする論議は無意味だとつくづく思った。ビデオでもテレビでも、おそらくYouTubeでも「キラーコンテンツ」というのが出てくる。「キラーコンテンツ」の出現で一気に今までの状況を変えてしまう。

このキラーコンテンツに似ているのがツイッターの広告出稿形態だ。もちろん広告を出稿する事業者視点での話だが。

普通に自業主が考えやすいのはバナー広告のように広告が固定された状態を「良」とするものだが、コンテンツを観ている側にとってはほとんど注目しない壁のようなものだ。しかし固定された自社広告を確認して安心するのが自業主の心理でもある。だからツイッター広告のように自社の広告がタイムラインに押されて流れていくのは広告価値が減少するような気持になってしまう。

が・・自分が視聴者側になってみれば判ることだがタイムラインの流れに沿って移動していくからついつい注目してしまう。「固定されてはいるが注目しない広告」よりも「移動するから注目される広告」の方が広告価値はよほど後者に出てくる。しかもタイムラインの速度は一定ではない。ひとりひとりのフォローの仕方で広告の滞在時間も変わる。

FC2ブログもツイッター形式を参考にすれば?と親心で助言したい。
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コミュニティ(拠点)作りを考える

ちょっと参考のためにどういうコミュニティがあるのかをFC2コミュニティでチラ見したんだけど、10年前とほとんど変わっていないねぇ(苦笑)。昔はパソコンをやっている人自体が「おたく」扱いだったからホームページの掲示板がそのままコミュニティになっていた。大きなコミュニティはパソコンで困った人の相談コミュニティ。

しかし仲良しコミュニティには今更入りたいという気持ちになれなかった。かといってプロ風のコミュニティを開設しても敷居が高そうで入りにくいと思う。その意味ではツイッターはよくできていると思う。流れる電光掲示板みたいな趣がタイムラインにあって、これだと広告が入っていてもタイムラインと同じように流れるので気にならない。

報道サイトも広告収入を考えるならツイッター形式を取り入れたら収益は伸びそうだ。報道の目次というか「つかみ」を流す。これで関心を惹くものがあったらクリックして本体に飛んでさらに子細な情報を得る。タイムライン自体がもの凄くあるので10万タイムラインに流していくらとか、100万タイムラインにはいくらなどの料金設定をツイッターはやっていると思える。当然、地域特化のタイムライン料金もあるはずだ。

このツイッターを変形させてブログ対応もできる。「グーグル+」はデザイン的には綺麗なのだが使用感ではツイッターに劣る。使い勝手がコミュニティ形態に意識しすぎではないか?フェイスブックは匿名性が薄いのが難。入会手続きではネット住民の戸籍作りみたいなことをやるのだから後はハンドルネームでフェイスブック開設をやれば日本人の気質に合うはずなのだが。

コミュニティを仲良しクラブと捉えるのか、それとも実際の社会の圧縮したものとして捉えるのかでSNSの形態も相当に違ってくるはずだ。「実社会の圧縮したもの」という面ではツイッターが頭一つ抜け出している。実際の社会での大衆というのは「知らない人」の集まりであるためだ。「知らない人」=「匿名」であって、これは初めての飲み屋に足を入れるのと似ている。

長年通っている吞み屋でも「本当は誰なのか?」を知らず、愛称で交わりを深くしている例は普通に多い。もちろん長年談笑していると話の節々で相手が何をしているかなどは判ってくるが、相手の素性を探ること「無粋」なので暗黙の禁止事項だ。

こういう「暗黙の禁止事項」は大事で、それで慣れ親しんでいるか、あるいは新参者かの見当がつき、その見当で対応を変える人も多い。また店の種類で振る舞いも変わる。

ラインの成功はラインをやったことがないので解らないから、「何故ラインがいいのか」を誰かが説明してくれるとありがたい。

こういうコミュニティの在り方を考えると個人が作ろうとするコミュニティは足りないものだらけだ。コミュニティも内部的に「初心者=新参者」「慣れているが目的が散漫な人」「慣れていてかつ目的が明確な人」の3層は必要だと思う。

テレビ電話ではビジネスでも個人の雑談でも頭一つ抜けているのが「Skype」だ。もっともこれはグーグルやMozilla Firefoxのテレビ電話と比較した場合であって他のテレビ電話は知らない。テレビ電話の場合、ディスプレという画面の大きさが制約になる。この制約で雑談などの利用では相手の数が限られてしまう。4人くらいになると誰かが喋っている場合には喋っている人物を大きく見せて、他の者は画面横で小さく見せるほうが理屈にかなっている。

というのも普通は誰かが喋っている場合は黙って聞くのが暗黙のルールなので、テレビ電話という画面の制約上、これを徹底させた方がいい。発言したいときはクリックなどをして、その人物の下か横に豆電球のような丸い点を緑から赤に点灯させるなどとという仕様が解りやすい。

いずれにしても現時点でのコミュニティ作りはツイッター利用がベストに思える。

ただファイルの受け渡しも出てくると考えねばならず、こういう場合はファイルサイズを考慮して「Skype」がシームレスでやれるので「Skype」に移動ということになると思う。ただし現在は以前と違って300メガ以上のファイルの受け渡しは無料ではできない。それ以上のファイルの受け渡しが多いのなら有料に移行するしかない。

が、こういう各種SNSを利用してのコミュニティならネット上の拠点作りは容易だ。

ネットワーク社会の基本はコミュニティ

まず収入として、「翻訳及び資料提出」としてテレビ朝日から120万円を受け取っていることが記録されている。そして政治活動費(収支)の内訳に目をやると、なんとその120万円がそのまま「翻訳及び研究資料の提出」として、韓国・ソウル市にあるとされる「自由北韓運動連合」という組織に横流しされていることがわかるのだ。テレビ朝日の資金が韓国に渡っているのである。

なお、政治団体「朝鮮半島近代文化研究所」は光熱費その他がゼロ。それ以外の活動実績もよくわからない。つまりいまのところわかるのは、テレビ朝日の資金を韓国に横流しするためだけの組織ということ。一体「朝鮮半島近代文化研究所」の実態は?謎だらけだ。

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http://www.media-japan.info/?p=3236

豊受真報について

ウェブ新聞「豊受真報」を日頃よりご愛読くださいましてまことにありがとうございます。当サイトでは大手メディアが取り扱 わないようなニュースに焦点をあて、また、2ちゃんねるやTwitterなどの反応のまとめ記事も取り扱い、総合的でマルチなメディアサイトを目指しま す。


ツイッターをやっていると色々なサイトや運動を知って面白い。

仮想政府としては勝手に「政治部会」としてリンクすれば部会論議のひとつの主題になる。マジ「仮想政府」遊びは面白いな(笑)。

だいたい海洋堂のフィギュアも造形師にとってはほんとんど遊びでやっていたのだ。いや、フィギュアだけでなく絵画でも音楽でも趣味、つまり遊びであって、それがプロとアマチュアに別れるのは単純に「腕の差」でしかない。そしてプロになれるのはブローカー的存在が出てきたときである。

そもそもYouTubeも最初は仲間内の遊びから始まった。こういう感覚は生真面目に「就職活動をしなければ・・・」と考える人の感覚とはかなり違う。就職活動は「自分を売り込む」活動だが、趣味に昂じる人は「楽しさ・熱中できること」に励む人で自分の欲求に忠実な人だ。ところが事業者として両者を比較すると就活に熱心な人よりも趣味に熱中している人に事業の可能性があると見える。

当然であって趣味に熱中している人はその時点ですでに長い年月、そのことをやり続けている人でもあるからだ。「明日からフィギュアを売り出すのでフィギュアの原型を作ってください」という相手が、造形を何一つやったことがないなら頼みようもない。また単なる腕の問題でもなく、奥の深い知識も長い年月で蓄積している。事業者はそこも買う。

ネットワークというのは様々な活動をネットワークで結び付けて皆が得する組織形態を意味する。「得する」という動機があるからネットワークは繋がるわけで、「得をしない」と思えばネットワークから自由に外れることが出来る。このネットワークの性質をきちんと押さえておきたい。ちなみに「得をする」範囲の中に「楽しい」が入っていることは言うまでもない。「このネットワークに入っていれば楽しいことにいっぱい出遭うから」というネットワークは模範的なネットワークだ。

こういうことを書いていると自分もネットワークを作りたいとウズウズしてくるが、しかしまだまだ「ネットワーク社会論」を詰めていないのでネットワークの思索を続ける。また、思索過程で調べもするから思い付きの段階よりも思索の密度が高くなり、「こんなの簡単に終了できる」と当初思っていたころより計算が狂ってきた。リアリズム指向は煩いのである(苦笑)。

現在のところネットはバラバラで情報が流れている。だから「原発問題」なら「原発分会」というコミュニティで情報の出し合いをした方がすっきりする。「原発分会」というコミュニティを作るのは真面目に問題を考えようとする人の集まりの中で政治的な意図で煽りや工作をやる人間を排除する「機能」を持たせたいためだ。つまり管理者権限でコミュニティ・ルールを破った者は追い出すという仕組みがなければ意見の収れんが出来なくなってしまう。

「収れん」が必要なのは他のコミュニティと繋がるためだ。「原発問題で詳しいのはあのコミュニティだ」と一種の専門集団になってネットワークの中での価値を高める。問い合わせの場合、長ったらしい解説は求められていないので数行くらいの結論とその理由で十分だ。助言を求めた側はそれで納得する。それ以上の説明を求めるなら「原発問題コミュニティ」に入ったほうが手っ取り早い。

2chの項目はもの凄くあるが、あのもの凄い数だけコミュニティも出現すると予測できる。それらが必要に応じて繋がっていくわけだから「繋げるルール」を確立せねばならない。言わばネットワーク社会の憲法作りだ。同時にネットワークは自由参加という性格があるので固定した状態にはならず、絶えず変形していく組織と考えるべきだ。これが一般的な「組織形態」と決定的に違う。

まだ他に考えることがあるかな?とりあえず今回はここで散開。

仮想空間で政府を勝手に作る!

1元管理のピラミッド型社会に慣れ切ってしまうと家畜みたいに何も考えずに従う事だけが習性になってしまう。これではバカになるだけだ。

一方、ネットを含めたマスコミ、野党などの政党は日本社会の未来像も描けずに注文とか非難とか、もっと愚劣なのは罵倒に終始とか・・・クルクルパーの世界になってしまっている。

賠償の継続や増額を求める声はある。しかし、一方で賠償金の有無や多寡をめぐって、たくさんの軋轢(あつれき)が起きていることも事実である。特に、避難者と、賠償を受けていないもともとの住民が混在している南相馬市やいわき市では「賠償金をもらい過ぎだ」という声も多く耳にする。

 いわき市では、避難者が賠償金を使って建てた新居に対し、「賠償御殿」と揶揄(やゆ)する声も出ている。道路も病院も混雑し、今年3月発表の公示地価では、なんと、いわき市が住宅地の上昇率で全国トップ10を独占した。アパートを借りるのもままならない状況に、もともとの住民のストレスは高まっている。

そろそろ区切りを

 では、現状支払われている賠償金は不十分なのだろうか。実は、これまで合意に達して支払われた賠償金の平均額はきちんと開示されている。最新の資料は昨年12月末時点でのもので、原子力損害賠償紛争審査会の配布資料として公開されている。

 それによれば、4人世帯の場合、個人賠償(精神的損害賠償、避難費用、就労不能損害などの計)は4人合計で約4千万円、宅地・建物で約4千万円、家財で約500万円、田畑・山林で約500万~1千万円、住宅確保損害で約2千万円が支払われている。


http://www.sankei.com/premium/news/150503/prm1505030022-n3.html

原発賠償 格差が福島の人々を曇らせる

「原発賠償は終わりにしよう」

http://ironna.jp/theme/229

上記はIRONNAの原発事故補償の特集評論の一部だが、まず「誰が責任を取るべきか?」を明確にしないと下記の記事のような問題が今度は起きてくる。

福島第一原発事故の廃炉賠償費用が膨大に膨れ上がることが見込まれるなか、東京電力の法的整理について大手金融機関からは否定的な意見などが出ました。

 東電の経営を巡っては、廃炉や賠償費用が9兆円から内部試算だけでも17兆円に膨れ上がる見込みで、誰に負担させるかが議論になっています。経済産業省の専門委員会の議論では、法的整理についても案の一つとして触れられています。


http://news.tv-asahi.co.jp/news_economy/articles/000087768.html

責任のなすりあいが始まっているという状態だが、この連中の心の片隅では国民全員に責任を転嫁させようという腹積もりがあるのは明確だ。しかし、ちょっと待て!

責任の所在を明確にするにはこういう事態を招いた責任の順序というものがある。

まず「原発計画を立案したのは誰だ?」これがスタート。

次に「これを議決できる環境作りの報道をしたのは誰だ?」「これに賛成したのは誰だ?」「その過程で反対意見が出てきたはずだが、その反対意見を抹殺したのは誰だ?」さらには「事故を未然に防ぐ意見があったのにそれを黙殺したのは誰だ?」「さらには事故の可能性も考えられるようにそれを誘致したのは誰だ?」

こういう責任の流れが出てくる。逆に言えばこの順序で責任負担をやってもらわねばならない。そしてどうしても責任を全うできないというところで国民の責任が出てくる。ところが被害補償で一番最初に「国民の責任」として国民に被害補償をやらせる気配が濃厚になってきている。

ふざけたことを言うな!一番責任が重いのは「決定した者」に決まっているではないか。次に「実行に移った者」だ。その次に責任があるのは「被害の可能性があるのにそれを無視して誘致した側」だ。どこも原発を誘致しなければ原発計画も実現に至らなかったのだ。だから誘致責任が出てくる。

ま、ここで吠えても仕方がない。

こういう大問題が出てくるとネット上で「仮想政府」を作るしかないと考えてしまう。ネットなら政策のひとつひとつで分会はいくらでも作れる。この分会では現在の国会がやっているようなアホらしい喧嘩みたいな光景は起こりにくい。

実際、今は製造業でシミレーションをやるのは常識になっている。まず仮想的に仮想実物を作り、仮想環境に置いてどういう欠陥が出るかを見定めている。これをクリアしたら実際に本物を作る。最初から本物を作れば欠陥がでてきたとき対処の費用自体が無駄になってしまう。そうなればコストアップになって売れ行きに影響が出てくる。

仮想空間というのは便利なのだ。

仮想空間で戦争さえやれるのだ。しかも仮想世界の出来事だから実際の被害が出ない。

仮想空間で戦争もやれるわけだから当然、政治も政治運動もやれる。だからネットを利用して政治運動を展開してその成果を現実の政治にぶつけようと提案している。

「政府」を現実社会に作るのは大変なことだし、個人の頭では夢物語になるが仮想空間ではひとりでもやれる。その実例がSF小説だ。SF小説はたいてい一人が作っている(笑)。もちろん仮想空間では会社も一人で作れる。

こういう「妄想だ!」」と笑われるようなことでもネット上で展開すれば「妄想」が現実化していく。共感者が現れてくるからだ。共感者の数が多いと「妄想」コミュニティまで発展する。あるいはもっと大きな波を実際に作るかもしれない。

ネットワークが作る新時代

IoT推進側は筆者が予見する権力構造の大変換まで考えていなかったと思うが・・・いや官僚の誰かは密かに権力構造を覆そうと企んでいる可能性もわずかにあるが(苦笑)、インターネットと現実社会が融合しだすとインターネットの論理が現実社会を支配してしまうのだ。これはコンピューター依存と同じ現象だ。

マイクロソフトが開発した人工知能はヒトラー肯定を言い出してマイクロソフトは慌てて人工知能を引っ込めたが、人工知能にとっては「ヒトラーが悪い」という人間のような判断はない。ヒトラー時代の業績をデーターから割り出して論理の整合性から「ヒトラーの肯定」をしたに過ぎない。

翻って人間は「論理の整合性」よりも「善悪という情緒」、あるいは「欲という感情」で物事を判断する。

しかし「善悪」という情緒的な基準も基をただせば「その行為はどういう結果を生むか?」というところから来ている。だから「ヒトラーは正しい」と人工知能が判断した場合は判断材料になるデーターが足らなかったか、あるいはデーターに偏っていたか、あるいはやはり人工知能の判断は正しいのどれかだ。

ビッグデータが8日、失態を演じた。米国で最も賢明なデータサイエンティストの手中にある最も洗練された技術は、米大統領選の開票が進む中で明確になったものを見落とした。民主党候補ヒラリー・クリントン氏の圧勝を予想した世論調査の間違いを検証しているデータ分析の専門家は、データ群の幅の狭さ、欠陥のあるアルゴリズム、そして人間は誤りうるという点を指摘している。これらの点は、企業が独自のデータ分析や予測を行う方法に影響を与える可能性がある。

 米バブソン大学のIT・経営学教授、トーマス・ダベンポート氏は「分析に使用しているモデルは、使えないことが分かるまで悪いモデルだと気付かないことが多い」と述べた。


米大統領選予測の失態、データサイエンスに打撃

http://jp.wsj.com/articles/SB10192246251775523818204582429790039961040

こういう記事を読むにも頭の中でこの業界は「駄目サイクル」に陥っていないか?と疑いを持ちつつ読むと記事とは違った判断が出てくる。ただ米国は「結果の反省」をやる分、日本のマスコミ連中よりは理性的だ。日本のマスコミや政治家・行政は「力を過信」して全く反省をしない。力の過信は論理力を衰弱させてしまう。「論理の整合性より力で押し切ってしまおう!」という姿勢になるからだ。

WSJの寄稿文では「米国株価高騰での勝ち組は中小企業で、負け組は大企業」というのもあった。これはこのブログで「カンブリア宮殿」の番組を取り上げて「頑張る中小企業」を紹介したのと軸を一つにしている。

「何故、今になって中小企業なのか?」という疑問に対しては「インターネットの出現によってだ」と答えるのが正しい。この理由はいくつもあるが見逃せないのはネットの登場によって中小企業の存在が「眼に見える」ようになったことだ。そして突然現れたような中小企業群の中から需給を取り込んで成長してくる企業はさらに目立ってくる。こういう目立ってきた中小企業は成長率の高さから投資先に困っていたカネが雪崩を打つように向かって、結果、米国株価高騰を押し上げた。

日本でもクラウドファンディング・・・

クラウドファンディング(英語:Crowdfunding)とは、不特定多数の人が通常インターネット経由で他の人々や組織に財源の提供や協力などを行うことを指す、群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた造語


によって「世界の片隅に」というアニメ映画に資金が集中して早々に資金募集の呼びかけを中止している。これは資本主義の構造が変わってきたことを意味する。実は筆者もかなり昔に株掲示板で「大衆資本主義」を唱えたのだが誰からも相手にされなかった体験がある(苦笑)。しかし今になって「大衆資本主義」の兆候が出てきた。

人が行動するにはカネが要る。だから資金の問題を解決する方法を考え出せねばならないわけだが、ここにきて、つまりインターネットの登場とインターネットに馴染むことによって「戸惑い」の段階を超えだしてきた。

そしてこれらの行動はネットワークという組織形態によって支えられている。ネットワークの意味が従来より拡大しているのだ。

電話も自動車も数が一定数を超えると社会を変えてくる。社会を変える中身は「使い道が広がる」ことによってだから、インターネットが全国民を包み込むと同じ形態のネットワークが広がらないわけがない。

だから「ネットワーク社会」を想定して「ネットワークはどういう変化を社会に生み出していくか?」をこのブログで考えている。この「変化」のなかに「政治」が入ってくるのは当然だ。しかし世間は「駄サイクル」の集合体でもある(苦笑)。駄サイクルに陥っているからこの現実が中々見えないし、見えないから理解もできない。

「ネットワーク社会」論なんて簡単な理屈なのだが、しかし「一元管理のピラミッド構造」が現在の社会なので現実感がどうしても薄くなってしまう。だから「ネットワーク社会」論はなかなか終わらない(苦笑)。しかし当人が自覚していなくてもネットのSNSなどで自分の意見を述べること自体がネットワーク行為なのだ。その意見をネットで誰かが読んで、時には影響を与えているためだ。

だから頭の中を整理しようという意味で「ネットワーク社会」論を続けている。

コミュニティ間を繋ぐネットワーク社会

その他 - - 2016/08/09
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ネットワークの最初の核はネット上での拠点作りなので「コミュニティ」で検索すると上の会社が出てきたから、具体的なイメージの参考として載せることにした。筆者が使っているFC2ブログにも「コミュニティ」の項目がある。つまりコミュニティ自体はそれほど一般的になっている。

こういうコミュニティとコミュニティを結びつけたものが社会的ネットワークだ。

次にプロジェクト・ネットワークについて書きたい。筆者はデジタル漫画を展開させようとして作品作りを始めたことがある。なので「デジタル漫画制作ネットワーク」というプロジェクト名ネットワークを実際に動き出せばどうなっていくか?を書きたいと思う。ちなみにプロジェクトの定義は以下の通り。

プロジェクト(英: project)は、何らかの目標を達成するための計画を指す。小さな目標の達成のためのものではなくて、大きな目標を集団で実行するものを指すことがある。その計画の実現のためのタスク(仕事)の実行までを含めて指すこともある。

とりあえず「デジタル漫画制作ネットワークを始めました。興味のある方は参加申し込みをやってください」などとツイッターやブログで告知する。この場合はまだネットワークになっていないのでコミュニティ形成の段階だ。なのでコミュニティ規約を作成して提示する必要がある。この段階では匿名参加でも構わない。「コミュニティ規約」に同意したら会員番号をメールなどで送付する。これでコミュニティ参加はいつでも思いついたらやれるようになる。

次にコミュニティ参加者から実際にデジタル漫画を作るチーム形成のために選抜をやる。これは「AKBの16人選抜」と同じ趣旨だ。販売目的にした場合、シナリオでも音楽でも絵でもある程度の技量が要求されるから選抜にするしかないのだ。その意味でコミュニティ自体は仲良しクラブであってもいいが実際に作成するチームはビジネスの約束事で運営する。

こういう場合、金銭の出し入れで責任者を選ぶ合意が要る。これもAKBグループであるSKEファンがAKB選挙で選挙対策本部を作った事例があるのでそれを参考にすればいい。「何に使ったか」をリアルタイムで参加者メンバー専用掲示板に、ATMなら入出金の伝票と品物購入なら領収書の写しを添えて金額を記入する。これでチーム全員がいつでもどこでもチームの会計を確認することが出来る。

「デジタル漫画」を売り出すなら版権の問題も出てくるので匿名でのチーム作りは無理だ。こういう「デジタル漫画」は作品を作れるメンバーがコミュニティに多く居れば作品に応じて新たなチームを作ればいい。実際には自分が作ったシナリオなどをコミュニティに公開してオークションのような形で採否が決められると思える。誰もそのシナリオに応じなければその作品は没だ。需要がなかったと諦めなければならない。

別の例としては「アイドル売り出しプロジェクト」というネットワークなども参加希望者が多そうだ(笑)。こっちは容姿に自信のある女の子が自分でコミュニティを立ち上げたら面白い。

「ひょっとしたらビジネスになるかもしれない!」という遊び感覚でやるべきだと思う。でないとビジネス色が強すぎるとコミュニティの雰囲気が重くなって脱退者が次々と出てくる。

ここまでは趣味の世界だが「政治運動」でのネットワークは政治そのものが多面的なので、「誰それを議会に送り込むプロジェクト」とか「労働問題を出し合うプロジェクト」とか「政府の政策を検証するプロジェクト」とか多彩なプロジェクトが出てくる。しかし趣味のプロジェクトと同じように参加者が出てこなければ「政治コミュニティ」内では消滅だ。現時点では需要がなかったのだ。こういう人気のないプロジェクトを消滅させるために1か月限定などの制限が必要になる。1か月内で参加者がコミュニティを形成できなければ消滅させないとプロジェクトが増えすぎてコミュニティ参加に混乱が起きてしまう。

こちらは2chの形態が参考になるが、それぞれのコミュニティにはコミュニティ提案者が管理者になるのでコミュニティ破壊者を管理人が排除できる。その管理が厳しすぎて脱会者が続出するならそのコミュニティは消滅させねばならない。だからプロジェクト内容で必要参加者数を決めておくべきだろう。

こういう大中小のコミュニティが各地で出来て連結していくと「ネットワーク社会」の完成だ。

しかし、こういうのが出来て困る集団が居る。ピラミッド型の1元管理をして利益を得ている集団だ。この集団が現在の日本、いや世界中で支配層となっている。ただこの支配層と対峙するネットワークは会員制になっているので表には出てこない。表に出てくるときは選挙だ。今まで見えなかった勢力が票に化けて現れるのだ。

こういうことが近い将来、必ず起きると確信している。

今ある可能性

今は下書きなしで一筆書きのようにブログを書いているから書き損じの線のようなことが出てくる。誤字・脱字・変換誤りなどの場合はそのままにすることも多いが、不要な文章の場合はその部分を削除しないでブログそのものを削除することが多い。これは絵を長年描いてきた体験から来ていることで、絵を修正するよりも一から描き直した方が早いことによる。で、今回も朝に書いたものを削除した。

「将来の予見」の検証企画が昔どこかの週刊誌か雑誌かでやっていた。その検証で将来予測の的中率が多かったのはSF小説よりも漫画の方だった。SF小説というか、小説そのものの基軸は論理になるが漫画は論理なんか要らない。だから漫画はバカっぽく扱われやすいのだが(苦笑)、論理なしの代わりにイメージを重ねていくのが漫画の描き方だ。もちろん小説もイメージは臨場感を出すために重要だが、それも論理や理屈があっての話だ。

で漫画の将来予測は論理の積み上げではなく、「夢」を描く形になる。「将来か・・・人口が増えてビルがいっぱい建っているだろうな。そのビルの間を縫うようにモノレールが縦横に走っている。個人が自由に動けるように自動車も空を飛んでいるはずだ。で、その空飛ぶ自動車は部屋の中に格納されて、モノレールの場合は駐車場自体がビルになっている・・・あ、これはすでにあるな」などと勝手気ままに夢を描く。

そういう技術的な裏付けのない夢が結構実現する。これは現時点での光景からその発展した光景を思い描いて絵にするのであまり哲学的な意味をもっていない。哲学的思考がない分、無駄がないとも言える(苦笑)。

筆者の「ネットワーク社会論」も哲学的な考察をしていない。漫画を描くように「社会がネットワークで結ぶとどうなるだろ?」という発想から考え出した。ネットワーク自体は眼の前にある防災ネットワークとか防衛ネットワークなどがすでにあってビルの光景と同じようなものだ。だから社会はすでにネットワークになっている。ただ、これが政治と結びついていない。いや、結びついては居るのだがネットワークという認識が政治家にはない。

ここまではいい。問題は世界を情報で結びつけるようなインターネットという大きなインフラが出てきたことで、ネットワークという認識が欠如していると回線が切れてしまうようなことが起きる。しかも回線が切れているのに気が付かない。

これを説明するのに「駄サイクル」という言葉は実に的確な表現になる。インターネットに結び付けられる状況があるのに「駄サイクル」は切断されたままで「駄目サークル」を続けている。政治の世界全体が「駄目サークル」なのだ。自分達のサークルから一歩も外に出ないからダメなサイクルが続く。

インターネットというのは情報の基幹インフラだ。この基幹インフラにこれからはどの部門、どの産業も結びついていく。絵で描くとそうなってしまうのだ。また企業や個人、様々な組織もやはりインターネットと結びつく。これは動脈に対する毛細血管で血管自体は同じだ。単に血管の太さがが違うだけ。だから個人の発信・受信も企業や官庁の発信・受信もすぐに血液となって動脈と結びつく。「神経」と表現すべきかもしれないが「動脈」のほうがイメージしやすいので動脈とする。

こういう図が浮かび上がると「政治をどうにかしなければならない」と考えてしまう。社会がネットワークで結びつく光景を想像すれば現況の左右の喧嘩がすごく原始的に見えてしまうはずだ。むしろ重大な問題は「新世界秩序」のようなピラミッド型の一元管理指向だ。この考えや指向は明確にネットワーク社会と対立する。ネットワークが「網」で成り立つためだ。

ネットワークそのものは接着剤みたいなものだからピラミッド型組織があっても別に構わない。しかしピラミッド型組織が全体を支配するとなればネットワークが壊れてしまう。動脈が動脈でなくなってひとつの丸い点になり、そこから無数の支流が伸びだしている図になってしまう。この図を観るだけで限界が理解できる。物理的な限界がこの図にはある。丸い点は無限に増える情報に処理できなくなっていく。

だから丸い点はせいぜい支流と支流を結びつける中継地でしか存在価値はない。それであればネットワークの一つとなって存在は可能だ。しかしそうなると「新世界秩序」みたいな一元管理指向はお終いだ。

この流れで世界に民族主義が台頭するのは全くおかしなことではない。世界が国家としてネットワークの一員であることを自覚するだけの話だ。同時にネットワークは中国がやっているように自在に遮断することが出来る。これは自分からの遮断だけでなく相手からの遮断も起こり得るということを意味する。こうなると遮断されたネットワークはそれこそ「駄サイクル」に逆戻りだ。世界の発展から北朝鮮のように取り残されてしまう。

今回は話を広げ過ぎたので次からは「ミクロ」的視点で書きたい。

ネットによる社会変化速度

「日本のメディアで伝えられるのは、取材を許可するロシア側によって意図的に作られた北方四島の姿であり、必ずしも実態を表していない」

 どういうことなのか。

 山田さんの報告を箇条書きにしてみます。


●ロシアが国家予算を投入して大規模な開発を行っていると報道されるが、その実際の金額は07年から15年までの9年間に約500億円。この金額で2カ所の国際空港、3カ所の港湾、学校、病院、発電所、道路建設、水道等を建設することは不可能。

●国後島は新規の建設が多いというが、2015年に新築された総床面積は7600平方メートル程度で、東京駅の丸ノ内駅舎の3割程度にしか過ぎない。

●北方四島をビザなし交流で訪問した人の多くは「北方四島はすでにロシア化されている」というが、およそ70年も実効支配され、ロシア系住民しか存在せず、ロシア政府が行政権を握っているのだから、社会や文化がロシア化するのも当然。見方を変えると、日本に返還されれば時間が経過するとともに現代の日本社会に同化するだけ。

●北方四島にはすでに3代にわたって定着し、生活を営むロシア系住民がいる。その処遇について心配する人もいるが、現在、北方四島で暮らす約1万7000人のうち、返還後も定住を希望するロシア人は1割程度であろう。また、その中には親日派も多く含まれ、日本人との共生も不可能ではない。

●国後島にはロシア正教の教会があるが、7000人を超える島の人口のうち、キリスト教コミュニティの中心である教会の信徒は70人ほどで、ミサに訪れるのは40人程度だと、この教会の神父は話していた。


http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid1978.html#comments

このサイトの発見は久々に「ハザール王国の歴史」と同様の知的好奇心をかきたてた。下はハザール王国、つまり偽ユダヤ人の生まれた経緯を記述しているアドレス。

http://inri.client.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fha100.html

「ハザール王国」は関連ユダヤ人史が迷路のように繋がっているので全部読むまでに1か月間くらいかかった(苦笑。しかし「おかげでちょっとだけユダヤ人通になった。

「ぼやきくっくり」は現代のあまり知られていないことを探求しているサイトで、これも長期間通い続ける予感がする。

やはり「探求」は面白い。探求してどうだというわけでもなく、人生を面白いものにしたいから探求したいだけだ。若いときは体を張って色々なところに潜り込んだが、晩年になった現在では体が持たない(辛い。

こういう面白さはスポーツやレジャーの面白さとはかなり違う面白さだ。むしろ冒険に近い。リアル冒険映画。安定・安心とは真逆の不安定・危険によって面白さなどは危機を脱して生まれてくる。危機に陥っている場合は面白さどころではなく必死になっている。

しかし晩年になって面白い人生だったとも思う。あまり人が体験していないことを経験したから晩年になって悔いは少ない。

しかし現役を引退すると暇を持て余してしまう。そうなると「暇」が苦痛になってしまう。だからどうでもいいことをぐちゃぐちゃやっていたりするのだが、時々急に社会意識に目覚めてしまう。「急に」としたのは「こいつ、バカか?」と思えることを著名人が書いているのを眼にしたときだ。こういう場合はたいてい「現実知らず」の人が書いた文章に多い。

だから今度はネットを利用した社会運動を一人でやってみるかと思い立ち、仲間にそれを言った。「あ、俺もやる!が、俺はあんたみたいに暇ではないから空きが出来たらやるよ」と返してきた。

ネットの社会運動は机の前の社会運動だからお気楽なのだ。体力のある若い人なら動くようなことをやれば人とも知り合って今までのコースとは違うものになると思う。こういう運動がインターネットと実に相性がいい。

あれやこれやを考えると、やはり社会変化の速度は今までと違って相当に速くなると思える。ネット格差は情報取得の格差ではなく、むしろこの速度の違いで出てくるのではないか?

駄サイクルからの脱出

若い人と話をしていると「井戸って表現しているけど駄サイクルの方が解りやすいんじゃないですか?」と言われた。「ダサイクル?」「駄目サイクルのことですよ。同じような傾向の人だけでグループを作って、で、一生その駄目さから抜け出せないという・・」

左翼か?と思ったが、もっと広い範囲の意味らしい。

これはすごくいい言葉だと思った。確かにたいていの人は「駄サイクル」にはまって同じようなことを延々と言い合っている。「同じようなこと」なのに皆がそれだから「同じようなこと」だということに気が付かない。同じようなことでも細部が違っているためだ。細部の違いで異論が出て意見の応酬になる。

こういう「駄サイクル」から逃れるには現実を観ればいいのだが、そもそも現実を観ようとしない者が集まっているから「駄サイクル」になる。この駄サイクルには日本のマスコミも当てはまる。海外マスコミに投稿されている評論をよく読んでいると、日本の評論に見当外れが相当に多いことが見えてくる。もっとも海外マスコミも海外マスコミ特有の駄サイクルがある。読者が何を求めているかに無関心で政治的ポジションで記事を流す。これが逆にトランプ現象を起こした。「こっちに需要があるのにマスコミの連中は需要を無視しやがって!」という潜在需要の怒りだ。

読者や視聴者は報道に対して「事実」を求めているのであって事実を求めるのは自分が判断するために必要だからだ。だから日経の見出しで「習近平」と海外紙が書いているのに「安倍」とすり替えるのは非常に腹が立つ。この「すり替え」はもちろん捏造だが、このすり替えで他の記事全部に「本当か?」と疑念を起こさせてしまう。

要するに1万食の食品にひとつにでもゴキブリが混入していると、1万食全部が「衛生管理の出来ていない食品」と見做される。ゴキブリが「衛生管理不徹底」とされるのだ。

これが日経新聞の編集部には判らない。朝日新聞の従軍慰安婦捏造記事と同じだが、報道の品質はできるかぎり事実の報道であるはずだ。食品の衛生管理の徹底と同じようにだ。最低限度の基準だ。

新聞・テレビ・週刊誌などの販売不振はインターネットの登場で起きたわけではない。報道という商品が報道の基本を守っていないから読むに値しないと一般読者が忌避して読者を失っていった。意図的なたったひとつの捏造で全部の記事が捏造ではないかと疑われてしまう。

「ネットも同じではないか?」という反論は見当違いの反論だ。同じかどうかは読者にとっては「どうでもいい」ことで、マスコミであろうとネットであろうと読者や視聴者が「報道」に求めているのは「事実の報道」なのだ。でないと「食品」に摸して言うと「安心して食べられない」ということになる。

こういう基本的な考えができないのは「駄サイクル」にはまっているからだ。

政治を含めた「駄サイクル」はどの業界にでも普通にある。しかし「駄サイクル」が通用するのはネット以前までだ。「社会が見えない」から通用した。これがインターネットによって「社会が見える化」にされると「駄サイクル」が「駄サイクル」とネット上で見えてしまうのである。

日経の習近平を安倍にすり替えた捏造はネット以前には通用した。しかしネットが出てくると海外紙を読む者が「捏造だ!」と書き込みをしてくる。そして瞬く間もしないうちにネット全体に広がる。この「インターネットの現実」を彼らは知らない。どれだけバカが揃っているのだと思う。そして誰がバカを採用しているのだと思うし、採用する側もバカだとも思う。そうなると日経自体がバカの集まりではないか、と判断するようになる。

それだけではない。今度は日経の過去記事まで検証するようになってくる。そして検証した結果、捏造記事がいくらでも出てくると「この新聞はダメだ」と最後の判断が生まれる。これは大和証券でも同じだ。あるいは新潟日報も同じで、「シバキ隊」の一員が大和証券では部長、新潟日報では支局長という要職についていた。

こういう事実があるのにどうして新聞を信用できるのかということになる。しかも新聞は系列化にテレビ局を有しているのでテレビ局も「信用できない!」となり、その不審の眼でテレビ番組を観ると「不審」の裏付けになる番組がいくらでも出てくる。

「駄サイクル」は怖いのである。





政治ボロ儲けのとてつもない金額

12年の各党本部の政治資金収支報告書の概要は下記のとおりだ。

民主党(収入379億円、支出160億円、翌年への繰越 218億円)
共産党(収入245億円、支出235億円、翌年への繰越10億円)
公明党(収入191億円、支出136億円、翌年への繰越55億円)
自民党(収入182億円、支出168億円、翌年への繰越13億円)

 12年は、民主党の野田佳彦元首相が「近いうちに国民の信を問う」と発言し、解散へとつながった前回の衆議院選挙があった年である。選挙があった年にもかかわらず、民主党は、収入379億円(政党交付金165億円、前年度からの繰越額183億円)の内160億円しか支出していない。

 参考までに、10年と11年までの民主党の政治資金収支も見てみよう。

10年(収入255億円、支出167億円、翌年への繰越87億円)
11年(収入289億円、支出105億円、翌年への繰越183億円)

 10~12年は、ほぼ民主党政権時代にかぶる。この時期に民主党は、なぜこんなにも多額の繰越金を発生させることができたのか。民主党の収入の大半は、政党交付金が占めている。まるで国民の税金で蓄財しているような状況だ。


http://biz-journal.jp/2014/11/post_7441.html

読んで判るようにこの記事は2014年11月だ。ほぼ2年前だが、ちょうどヒラリーの政治ぼろ儲け商売がウィキリークスで暴露されたのでタイミングがいいからこの記事を挙げることにした。

高智晟弁護士「絶対にヒラリー・クリントンに投票しない」

秘密裏の場所で拘束されていた私は2009年、秘密警察から、クリントン氏がいかに「国益を図った」かを聞かされた。私のような「頭がおかしくなった」人の前では、中国共産党の警察らは自分たちの考えや感情を隠すこともなく、「誠実」だった。

 「ヒラリー・クリントン氏が中国に来た途端、人権や高智晟の問題を話しながら、1兆元をくれと要求してきたんだ。もちろん、われわれは彼女が何を欲しいか分かっているから、彼女に8000億元を渡した」「彼女はお金をもらった次の日、人権問題や高智晟問題を全く言わなくなった。しかも、彼女は『米中間の意見不一致は両国の関係に影響を与えない』と話した。

 つまり、人権問題では米国は今後も異議を唱えるものの、中国の方法で行えばいいと言っているのと同じ」と、ある一人の秘密警察が、興奮して私に話した。自分の太ももを叩きながら、「(中国は)金を持っているんだな!」と叫んでいた。


http://www.epochtimes.jp/2016/11/26428-2.html

「8000億元」が日本円に換算してどれくらいになるかを調べるために為替サイトを観てみた。

http://info.finance.yahoo.co.jp/fx/detail/?code=CNHJPY=FX

1元(CNY)は約16円です。  11月24日 00:00 更新

とすると8000億元×16になるが、巨額過ぎて換算する気も失せた。

彼女は便利なこれら二つのテロ資金調達状態がクリントン財団の両方メガ供与体であることを言及していません。カタールは、財団に 25万ドルの上向きを寄付したクリントン財団とサウジアラビアへの間の 1百万 5M(500万ドル)を与えています。

http://blog.goo.ne.jp/aya-fs710/e/14d391bac3c0579e16ac9578e8f00f02

「シリア情勢と修羅の世界情勢」というブログからの引用だが、他のいくつかの報道引用サイトも同じ数字なのでヒラリーが得た金額はそれくらいだと考えていい。

「政治資金」はよく話題になるが、この巨額のカネは天から降ってきたのではない。中国なら血と汗の結晶の8000億元だし、日本も同様だ。しかし日本人のいくらくらいが政党交付金の金額をすぐに言えるだろうか?これが自分の給与ならすぐに答えることが出来る。当然であって自分の収入が生活の形を否応なく作るためだ。

ただインターネットの時代に入って「政党交付金」と検索すれば1分もかからないうちにこの数字を観ることが出来る。

「しかし数字を観たところで俺達にはどうしようもないではないか?」と、これまた普通に考えてしまう。「どうしようもないから」関心が薄くなって記憶にも残らない。が、「どうしようもない」ことはない。選挙が我々にはあるのだ。1票の権利を持っているのだ。

実際、ヒラリーは大統領選でトランプより優位にあったが、ウィキリークスの政治ボロ儲けが暴露されると一転するようにトランプに支持率で逆転されてしまった。

・・・・これを書いている今、書き込みが止まったよ(苦笑)。ま、復活したから続ける。

つうか、何を書こうとしていたのか忘れてしまった・・・苦笑。

ウィキリークスのような「暴露ネタを集めていく」というネットワークがあってもいい。いや、あるべきだ。が、信用を得たサイトでないと発表しても一笑されて終りになってしまう。ウィキリークスの「信用」は暴露された側が否定声明を出したりして逆にウィキリークスの信憑性を高め、現在の「信用」を獲得した。これは「暴露ネットワーク」を作るうえで参考になる経過だ。

ちょっと書き込みが止まったりして気が散ったから今回はここでやめる。
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