時代の変わり目は今の朝鮮半島異変の後で起きる

今年3月には45万件を記録。北朝鮮が軍事パレードをした4月15日は1日だけで45万件のアクセスがあり、4月のアクセス総数は259万件余りに上る。

政府広報のミサイル対処でのサイトアクセス数が上の数字。この数字はテレビでの受動的な視聴率と全く違う。自分で検索して・・いや、そもそもこういう広報があると知っているのは少数であるからネット熟練者と考えていい。それを考えると4月のアクセス総数259万件というのは凄い。

が・・・ネットの最盛期にはおそらくこの数字は2590万件は確実に行く。つまりまだ10分の1くらいにしかネットは進展していない。同時にこの件数は家族や知人に伝える核の数字でもある。そうすると259万件は現時点でも3倍や4倍に膨らんでいる。これはミサイル発射の対応だけの数字だが、朝鮮半島変事では日本人の1億人はこの出来事を知っているはずだ。

この1億人が「あの時、こういうことがあってねぇ・・・」と語り継がれるまでにはまだ足りないが、最悪の事態になれば確実に語り継がれるものとなる。東日本震災は突然に襲ってきた天災であるが、こちらは睨みながらやってくる人災。この時間の余裕で人がどのように動いたか、どのように感じていたかが記録される。

この記録が後に社会分析で基軸になってくる。「いやぁ、みんな慌ててねぇ」「そんなことないですよ。ソウルが火の海になるって予測が出ているのに、のこのことソウル観光に行っていた人が結構いましたから」「え!そうなの?」「そうですよ!韓国政府が日本政府はミサイル警報など出すべきではないって日本に抗議もしていたんですよ」「あ・・そうだったな」

こういう実際にあった話が朝鮮半島変事後にはもの凄く出てくる。

太平洋戦争終結後、日本にはこのような実際にあった話が日本中で非常に多く交わされていた。本だけの知識ではない。親・兄弟・親戚・知人の間での体験談。これによって日本人は軍国主義一辺倒の価値観がきれいに忘れられてしまった。いや、軍国主義を憎むようになった。これは左翼によるアジテーションだけによったものではないのだ。日本人に共有体験がなかったらアジテーションなんて「バカが騒いでいる」と聞き流されてしまう。

団塊世代が当初、左がかった世代になっていたのも戦争を体験したのが自分の親であったためだ。

で、定年を迎え、趣味的にインターネットに入ってきだした。と、今度は今まで自分が知らされていなかった情報に眼が触れることになった。その「自分が知らされなかった情報」には共通点がある。「民族主義」に関わる部分が共通点。こうなると自分が定年を迎えるまで何が操作されていたのかはバカでも判ってくる。

「爺さん婆さんがネットオンチなものだから左翼なんだよ」というのは誤った認識もいいところ。活動している狂信者が団塊に多いだけで、世代別「嫌韓」意識では60歳から69歳までの世代に嫌韓意識が一番多い。次に70歳以上が多く、その次は20歳代と40歳代が並ぶ。「嫌韓」意識が一番低いのは30歳代。

この理由を仲間と話し合った。その会話の中に「朝鮮キャンペーンをテレビ局はいつから始めだした?」という話が出てきた。

1980年代後半より日本国内のポピュラー音楽に「J-POP」という語が使われ始めことに影響を受け、1990年代中ごろから、日本国内における比較語として韓国のポピュラー音楽を指して「K-POP」という語が使われるようになった。

19990年頃と言えば今から30年前弱だ。この時に生まれた赤ちゃんはもう30代・・・なるほど!符合する。テレビの力は侮れない(苦笑)。その意味では確かに団塊世代はK-POPにはまっていない。だから左思想に洗脳されても朝鮮脳にはなっていない。そのためにネットにはまりだすと団塊世代は簡単に右傾化しだす(苦笑)。腹が立つのは米国による統治洗脳の方だ。だから「憲法改正」と「民主主義」の狭間に置かれて腰がふらついている。

こういう風に自分の世代を分析すると面白いことが解ってくる(笑)。

今の若い人が分析すべきは自分達世代の「投票行動」の分析。選挙をどのように捉え、投票場に向かう心理がどのようなものであるのか?この分析が政治的アクションを起こす前提になってくる。筆者が危惧するのは右肩下がりの所得の低下時代しか知らない世代が若い世代であること。これによって「民主主義」のイメージが悪いものになってはいないか?と危ぶんでいる。

民主主義は投票によって社会を変える制度。これを正面から捉えてもらいたいと思う。そのためにはネットをどのように利用するか?その方法論を確立するべき。想像力も創造力も要る案件だが、それで答えを見出した者は個人的にも次の波に乗れることを請け負う。若いときは「一寸先は闇」状態だが、それを通過した高齢者にはその先に何が来るかを知っている。素直に耳を傾けて欲しい。
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行政や政治が法律を破れば法治社会はお終い

どこまで書いたんだっけ?あ・・・「団体暴力が作り出す無法空間」だった。

三重県旧上野市(現伊賀市)、桑名市、四日市市に合併前の旧楠町では条例などを制定しないまま一部の在日韓国・朝鮮人の住民税を半額程度に減額する特例措置を長年続けていた。

伊賀市は市民税と合わせて徴収する県民税も半額にしていた。遅くとも1960年代後半には始まっていたとみられ、伊賀市は税の公平性に反するとして2006年度でこの措置をやめた。

桑名市も2008年度から是正する方針が示された。民団と朝鮮総連に所属する在日韓国・朝鮮人のうち、税を窓口などで納付する普通徴収の人たちが対象になっていた。市が該当者分の納付書を民団と総連にまとめて送付し、それぞれの団体が取りまとめて納税していた。

2006年度の対象者は伊賀市で約400人の在住者のうち個人事業主を中心に在日韓国人35人と在日朝鮮人18人、桑名市では減額率は民団が6割、朝鮮総連が5割で、約990人の在住者のうち約250人を対象とし年間数千万円であったとされる。


こちらは団体暴力に負けての行政の法律違反。行政の法律違反なのにマスコミはこれを報道しない。マスコミが「無法」に加担している格好の例でもある。

法治国家と思われていた日本社会が法治の対象としているのは日本人だけで、在日朝鮮人は法治ではなく人治で扱われていたという事実を我々は直視する必要がある。これが可能になっているのは警察の傍観とマスコミの無法側への加担によってだ。

この事実で日本の政治も変質していく。

日本の学校教育は「民主主義」を唱えながら民主主義社会をどのように実現させていくかの「道筋」を生徒に教えない。道筋は方法論だ。車を作るには車を作る道筋がある。「車を作ろう!」と叫んだところで車を作るやり方を知らなければ車を実際に作ることはできない。日本の学校教育は「車を作ろう!」でお終いなのだ。これが教育と言えるのか?教育は「車を作るやり方」まで教えて「教育」という言葉に値する。

企業の従業員教育でこんなことをやったらクビだよ。「何をやってるんだ?ぜんぜん配置されされた新人は役に立たないじゃないか?」と、配置部署の責任者から怒鳴られるよ。

こういう教育を日本の学校はやってきたために筆者がこのブログで再教育をやっているようなものだ。根本からおかしい頭の持ち主が年代に関係なく増えている。

警察や軍隊は治安や防衛の機関だが、これを最終的に指揮をするのは「国民から選ばれた」政治家。だから警察や自衛隊は国民の所有機関となる。この理屈がマスコミの連中には理解できない。以前の民主党の連中は「国家暴力」と呼んでいたわけだが、この呼び方は敵に対する呼び方。

何故「敵」と認識するのか?これが団体で押し掛ける「団体暴力」を行使してきての過去から来ている。団体暴力で欲しいことを「威圧」して得てきた実績があるから、それを睨んでいる治安機関が敵に見えてしまう。これに負けたら団体暴力の効果がなくなってしまう。この傾向が朝鮮人団体や同和団体に今も続いている。だからこの直視は重要なのだ。

「社会が監視社会になってしまう!」と、共謀罪阻止で叫んでいるが、お前らの今までの行動が必要悪として監視を社会に呼び込んでいるのだ。「お前ら」と感情的に書いてトントンだよ。筆者も監視社会は望むところではないが、ギャングみたいな連中が横行したら監視社会の方がよほど暮らしやすいと思うしかない。少なくとも「無法」はかなり抑制される。

ここにはマスコミというか、法治の考え方をきちんと持っている報道機関があれば団体暴力の違法行為を指摘して、団体暴力の横行を阻止できたはずなのだ。ところが実際は団体暴力の応援をしている。法治社会の考え方をそもそも持っていないのだ。

ロシアでも警察が賄賂で動くために、車にカメラを取り付けるという人が増えているそうだ。行政が無法に陥ると市民はまだ正常に動いている裁判所で証拠を自分で押さえて提出するしか対処の仕様がない事態になっている。日本でも渉外のテーブルがある役所では監視カメラが必要になる。この監視カメラの存在で「威圧」的な圧力集団の行動を抑制できる。個人でも行政に不審があればボイスレコーダーを服に取り付けるべきかもしれない。

しかし、こういう自衛も報道機関が第三者的に報道する姿勢を保っていれば必要性が薄れるのだ。

ここで社会の正常化は「公平な法律の執行と実現」であることが解ってくる。総連や民団であろうが同和であろうがヤクザであろうが、町のクレーマーであろうが、法律違反の行動は断固としてはねつけないと社会が壊れてしまう。法治社会はそれを実現している社会。

これを考えると「日本は法治社会か?」と改めて問い直す必要がある。それだけ法律が社会でも政治でもおざなりにされつつある。

改めて「在日特権」の意味を問う

佐藤勝巳は、朝鮮総連傘下の商工人たちが1976年(昭和51年)から所得税をほとんど払っていないことを、付き合いの長い朝鮮総連関係者から聞いていた。

佐藤によると、これは1967年(昭和42年)12月13日、関東国税局が東京の在日本朝鮮人商工連合会(朝鮮商工会)所属の貸金業・具滋龍氏の脱税容疑に関連して、取引先の同和信用組合(後の朝銀信用組合)を強制捜査したことに端を発し、後に朝鮮総連はこれを「不当弾圧」として、全国の在日朝鮮人多住地域の税務署に日常業務に支障をきたすところもあったと言われるほど激しい抗議行動を数年に渡り行った。

その後、当時社会党高沢寅男副委員長の議員会館の部屋で行われた国税当局と朝鮮商工会幹部との会談で「税金問題解決に関する五項目の合意事項」(通称「五箇条の御誓文」)が交わされたとされる。

この裏づけとして、朝鮮商工会の発行する「商工新聞」の主張で朝鮮商工会と国税当局との間で税金に関する「合意」があるとしており、また、1991年2月に朝鮮総連が発行した朝鮮語冊子「朝鮮総聯」の中で「総聯は日本当局の不当な税務攻勢を是正させ、税金問題を公正に解決するためにねばり強く闘争した。

この努力の結果として、1976年に在日朝鮮人商工連合会と日本国税庁の間で税金問題解決に関する5項目の<合意>が成立した。その基本内容は、在日朝鮮商工人の税金問題はすべて朝鮮商工会と日本税務当局との合意によって公正に処理するというものである」と記されていることが見出されている。


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%A8%E6%97%A5%E7%89%B9%E6%A8%A9

未来志向でこのブログを書いているのだが、基本的な情報は押さえておきたいと思って「在日特権」を検索したところ、ウィキペディアが非常に詳細な記述をしていた。上はその一部。

日本には「公平さ」という基本的な価値観が欠如しているところがある。まぁ・・・どこの国でも言えることではあるが・・・が、この「公平さの欠如」があれば社会の設計図が描けなくなる。描いても、例えば法律だと、法律は確かにあっても実際には色々な介入で執行されないという状態であれば法律がないのと同じだ。

設計というのは現実に設計したものが作られて価値や意味を持つ。作られることがなければ単なる暇つぶしの落書きになってしまう。

「世の中をこのようにしましょう!」と叫んでも実際に手順・実現の工程表がなければ、山の上で空に向かって叫んでいるのと同じ。その意味で行政は社会の手順を現わしたものであって、年金や健康保険、あるいは車の所有、家の所有・・・全部が役所の机の上で手続きを踏まねば次に移れない。自分の所有だとする役所の書類があって裁判などで主張が出来るし、認められる。

が・・・ここが重要。裁判で認められても現実に相手が力でその事実を無視してきたらどうなるか?それらの行政手続きの意味が失われてしまう。だから公権力の力が必要になってくる。つまり警察の力。

かってイラン革命の予想をしたとき、短い記事があったのに注目した。「国王反対のデモを警察が取り締まらないで傍観している。」といった数行の記事。これで筆者はイラン革命は成功するなと判断した。警察という行政が何もしない状態・・・このときのイランではデモは法律違反になっていたはずだが、それを警察は取り締まることが出来なくなっている・・・これで無法状態が生まれた。

無法状態は革命の最初の一歩で、ロシア革命でも中国の革命でも、アフリカや南米の革命でもすべて同じ無法状態を作った時より始まっている。イデオロギーに関係なく暴力に優位に立ったところが次の体制を作り出す。現在ではメキシコがギャング支配の地域を作っているので要注意。ギャング支配を押し返すには警察や軍隊などの治安機関の強化しか方法はない。

社会というのは単純なのである。

で、冒頭に戻ると「全国の在日朝鮮人多住地域の税務署に日常業務に支障をきたすところもあったと言われるほど激しい抗議行動を数年に渡り行った。」・・・これは業務妨害の明瞭な法律違反。しかし警察は動かない。動かない理由はマスコミが警察を支援しないで抗議行動をする側を支援するためだ。このマスコミの書き立てる力で自分のクビが飛べば自分の人生を狂わす・・こういう自己保身が働いて警察は傍観した。

警察が傍観すると無法の空間が生まれてしまう。この無法の空間では力がものを言う。その空間だけ力が法律を上回ってしまう。

「国税当局と朝鮮商工会幹部との会談で「税金問題解決に関する五項目の合意事項」(通称「五箇条の御誓文」)が交わされたとされる。」結果、こういう取り決めが成立した。これで団体抗議は成果を得ると朝鮮人団体は味をしめ、やがては同じ要領でテレビ局に押しかけ、テレビ局に在日朝鮮人採用の取り決めをも交わすことが出来た。

煙草が切れたので煙草を買いに行く。ここでいったん休憩。結構長いものになりそうな気がするので一息をつきたい(苦笑)。

中国の謀略に利用される創価学会

韓国大統領の出身地は、11人中6人が慶尚道(韓国の南東部に位置。慶尚北道および慶尚南道)で全羅道(道韓国の西南部に位置。1896年に全羅北道と全羅南道に分かれた)は金大中氏わずか1人と不自然なほど片寄っている。背景には、長い歴史を持つ地域差別があった。
まず相手を知ろうと思う。
3:05 - 2017年4月28日

http://www.news-postseven.com/archives/20151015_355293.html …
ポストセブンはプロが居るね(笑)。韓国では、全羅道が、長く地域差別の対象となってきた。とりわけ、木浦や光州などの全羅南道エリア一帯は
韓国内では「湖南の奴らは信用できない」と疎んじられる対象でもあった。・・なるほど。
3:08 - 2017年4月28日

反日が8割くらいだがあとの2割はなぜ反日でないのかを疑問に思っていた。これは中国でも同じ疑問を持つ必要がある。鍵は出身地。在日中国人の場合は出身省で危険でないかを判別できる。人質がどの省に居るかで人質の扱いが変わるから。
3:13 - 2017年4月28日


在日中国人は中国共産党から人質を取られている。で、法律が変わり海外にいる中国人は中国共産党の命令に従えと指令が出ている。これが潜在的な日本叛乱予備軍。が、省によっては反日度がかなり違う。中国は1枚岩ではない。なので細かい対応が必要。企業経営者は中国人を雇うとき出身省を調べること。
3:20 - 2017年4月28日


韓国は情報はいっぱいあるのだが肝心な情報が流れてこない。せいぜい民団と総連の関係くらいだが、かってはこの両組織は対立していた。が対立の理由が判らないんだね。親日の在日の人はその理由を流してよ。反日朝鮮人と一緒にされたら嫌だろ?
3:25 - 2017年4月28日
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作戦を立てるには客観的な情報を集めるしかない。それで敵側の弱点が見えてくる。弱点も見えないままに攻撃するのは単純にバカ。泣き所を衝けば簡単に倒せるのに下手な攻撃をやれば結束して倒しにくくなる。戦いは勝つためやる。だから勝つ方法を見つけないと話にならない。
3:31 - 2017年4月28日

http://www.news-postseven.com/archives/20151015_355293.html

以上は筆者がツイッターに書き込んだもの。タイムラインに小和田家を追及しているグループの情報が流れるので筆者も触発されて書き込んでいたのだが、ポストセブンの記事が眼に入り、これとそれまでに知った福田・小和田のラインと創価学会→中国と繋がってきた。これは筆者にとっては意外で、小和田・福田→韓国・在日朝鮮人・同和の繋がりを問題にしていた。

しかし考えて見ると2014.10.24 22:17の産経新聞で以下の報道があったのである。

福田康夫元首相が28日から北京を訪問し、習近平国家主席と29日に会談することがわかった。日中関係筋が明らかにした。11月10、11日に北京で開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議での日中首脳会談実現に向けた調整が行われるとみられる。

 福田氏は、中国が主催する国際会議「ボアオ(博鰲)アジアフォーラム」の理事長として28日に北京入りし、同会議のメンバーらとともに習氏と会談する予定だ。

http://www.sankei.com/politics/news/141024/plt1410240058-n1.html

外務省に官僚を含む職員に創価学会員多く、創価大学出身者も多く居ます。ところが中共外交部にも、創価大学出身者が多く居ます。中共外交部長(日本の大臣)は、元駐日大使だった王毅、部下の程永華(現駐日大使)や滕安軍参事官、李冬萍参事官などは創価大学出身です。工作員のトップも兼任してます。

この記事の出所は忘れたがやはりポストセブンからではないかと思う。

最近は朝鮮半島緊張状況で中国に関することをこのブログでも書いていたから、赤字の記述部分はそれまでの蓄積していた皇室の問題と一瞬で繋がった。皇室情報は主にツイッターで書き込んでいたから、このブログでは出さなかったのでブログだけを観ている人には判らないと思う。結構ヤバイ内容(苦笑)。皇太子紀と繋がるから。さらには天皇退位の問題。

で、皇室関係に強い人がツイッターにはいっぱい居るからブログで書くこともないと思っていた。

しかし全ての背景に中国が絡んでいるとなれば話は別だ。話が一気にもの凄くデカくなってくる。また、そういう国際関係の謀略となると一般週刊誌も慎重に構えて確実な情報でないと記事にしない。だから筆者のような影響力のないブログの出番となってくる。憶測を平気で書けるからね(苦笑)。

が・・憶測で書かねばならないこともある。特に外国が絡んでくると情報がまず取れない。だから状況証拠を拾い集めて絵になるかどうかを確かめていく。9・11テロでは世界中の人が状況証拠を集めて「米国の陰謀だ!」と叫んでいる(笑)。確かに状況証拠をそれぞれ見ていくと謀略の色が出てくる。

謀略で憶測記事を書くのは「謀略進行」をやめさせるか、遅らせる効果があるので悪いことではない。正しいとか間違っているとかは謀略に関しては意味がない。そもそも謀略の性質が秘密にあるためで、その秘密が表に出てくる時点では取り返しが出来ないくらいまで事態は進んでいる。

特に最近は「嘘情報」取り締まりの法律をドイツのメルケルが言い出した。これが「新世界秩序カースト制」確立の謀略なら確かに謀略を疑う言説は邪魔になってくる。謀略がなければそういった言説は問題にする必要もないので「嘘情報の取り締まり」は必要ではない。だから「嘘情報の取り締まり」自体が謀略の信憑性を生み出している。

で中国→創価学会→外務省・宮内庁の問題に戻ると、最近の民進党やNHKを含むテレビ報道がムチャクチャな報道をやりだしていることと併せて考えると、「最後の詰め」に来ているのではないかと懸念されるのだ。

しかしここで北朝鮮問題にトランプが登場してきた。

これで一気に中国の謀略進行の動きが怪しくなってくる。さらにはロシア。中国の謀略が通用しない役者が顔をそろえてきた。日本の問題よりも東アジアの問題に焦点が移ってくる。

こういう大きな問題と皇室問題、中国の創価を使った日本乗っ取り問題を突き合わせて考えていかないと「事」の正体が見えなくなってしまう。今は非常に流動的な局面でもあるからこの視点で海外報道サイトを中心にニュースを見つめていきたい。

習近平対瀋陽軍区・ロシア・北朝鮮という連合軍の可能性は?

ロシア国家放送は4月12日、平壌での取材を通じて、北朝鮮当局は戦争の準備を強化していると報じた。金正恩はすでに平壌から、全市民の4分の1にあたる60万人に疎開するよう命じたという。

一部のロシア専門家は、アメリカが平壌に軍事攻撃を加えた場合、中国は北朝鮮を占領するだろうと論じている。

 ロシア政治軍事分析研究所副所長アレクサンドル・ホラムチシン氏は、「もし米軍が平壌に軍事攻撃をすれば、金正恩政権は崩壊する。このシナリオはもう不可能ではない。だから中国はこの機会を利用して、戦争と金正恩政権崩壊の混乱に乗じて、新たな傀儡政権を作り上げて朝鮮を支配するだろう」と予測した。

 いっぽう中国は4月12日、中朝国境地帯に15万人の中国兵をふくむ軍隊が集結しているとの情報について、公的に否認している。


http://www.epochtimes.jp/2017/04/27213.html

数年前までは「大紀元」を引用元にすると「アサヒ芸能」あたりを引用元にするような受け止め方をされたが、中国の臓器狩りを最初にネットで報道したのは「大紀元」。「ヤクザものに強い週刊誌」と検索すると

ヤクザ界の「クオリティマガジン」実話3誌 その取材体制. 2016.10.16 07:00. 実話系週刊誌の取材体制は? ... カメラマンの2人で取材に当たるのが基本」(同誌関係者)だといい、大衆は「六代目山口組情報に強いベテランのライターがカメラマンも兼任し、取材

と最初にグーグルで出てきた。情報源では得意不得意の報道サイトがある。これはあちらこちら飛んで見つけることになるのだが、ネットの進展で首を傾げるような報道の仕方をしていたところも今はまともになっているから油断はできない。

さて朝鮮半島。「大紀元」は習近平寄りの中国報道サイトなので敵方に近い瀋陽軍区についての報道が今までなかった。それで筆者も中国内クーデターの根拠に気が付かなかった。クーデターの発想や予想は持っていたが、それはソ連のクーデターの連想どまり。それより中国経済の崩壊に現実感を感じていた。

クーデターで成功しているところは全部が軍部のクーデター。だから瀋陽軍区のクーデター論に現実味を感じた。

ソ連の崩壊前夜、ソ連軍部のクーデターが起こり失敗したが、「なぜ失敗したか?」を分析するのはトルコのクーデター失敗と繋がるので重要だ。うむ・・・また、調べることが増えたよ(もうキリがないなぁ)。

ともかく・・・冒頭の記事は「大紀元」という習近平寄りの中国報道サイトがロシア側のニュースを持ってきたところに興味を惹いた。この記事だけではロシアの動向が読めないが、朝鮮半島での「沈黙」を保っているロシアが不気味だ。以前、「Sputnik 日本」では核戦争に備えてのロシア内防空壕作りを話題にしていて、その防空壕が相当にロシアにはあると報道していた。まるで「核戦争になれば俺らは大丈夫だ!」と言わんばかりの記事。

この状態でのロシアの沈黙。しかも同じ報道サイトで「ロシアには1発でドイツやフランスを灰にしてしまう核ミサイルを開発した」と報道もしている。何か核戦争を「やる気満々」で報道していた。ここで金正恩の同じような豪語。金正恩のバックには瀋陽軍区なのか?ロシアなのか?あるいは双方がバックなのか?

そうすると習近平が相手にしているのは米国ではなく・・・・と想像が広がってくる。

地政学的にロシアが友好を保ちたいのは国境を接している瀋陽軍区にある。瀋陽軍区側もロシアが仲間になれば世界最強の核兵器が手に入る。ロシアとしても瀋陽軍区の縄張りである北三省の遼寧省軍区、吉林省軍区、黒竜江省軍区、内モンゴル自治区東部の東四盟地域と旅大警備区にある工業力は手に入れたいはずだ。ロシアの弱点である一般製品の工業力をこれで補完できる。

ある意味、今の朝鮮半島緊張はロシアにとって大チャンス到来なのだ。この地域をロシアの同盟にすれば資源・工業力・市場が同時に手に入り、堂々と米国と対峙できる。プーチンは「ここで博打を打てないとすれば男ではない!」と腕を組んで考え込んでいても不思議ではない。実際、ロシアは国際会議の場で米国やEUと対決する姿勢を続けている。この強気はどこから来ているのか?

これは熟考を要する課題だ。

追加・・・今日の「Sputnik 日本」がこの記事。親トランプかと思えば今は反トランプみたいだし、一貫性がないわ、ロシアのニュースは。1か月経てば真意がわかる・・・とでも言っているのかと思うよ。

https://jp.sputniknews.com/politics/201704273582172/

欧州にみる「新世界秩序」カーストの実験

ツイッターでこういう宣伝工作が行われている。筆者の反論を書いたものをコピーしてここに置く。

日韓の教育比較3

壮大な企みだから「複雑」というわけではない。社会の統治形態には二つしかなく、ピラミッド型のカースト制度とフラット型の民主主義の二つの型。だから相手がどの型であるかを考えながら言葉を受け止めると相手の正体・実体が見える。

グーグルが「謀略」の狙ったものを検索順位で最底辺に置くという検索エンジンの変更をしたと発表したが、この場合の「謀略」は「誰が決定するのか?」となればグーグルなのである。同じ意味でドイツのメルケル首相が「嘘情報」を取り締まるという発表を去年やったが、これも「嘘」を「どのようにして」判断するのかが不明だ。

次に欧米などを中心とした記事の統一性。「移民の推進・国家主権の制限」といったグローバル基準のことだが、この基準がもたらせたものは世界規模での貧富の拡大だ。ここに至って「新世界秩序」カースト制度が「噂」から「実際」になってきた。

だから世界で民族主義の潮流が生まれ始めた。誰も「奴隷」にはなりたくないはずだから。

しかし洗脳工作がマスコミを通じてやられたときには社会にその洗脳が広まっている分、洗脳を解くのは簡単ではない。そのために中立的な「システム社会」というイメージを筆者は広げることにした。システムは技術用語であるために中立的なものだ。システムで問題になるのは「目的」になってくるが、「目的」自体も簡単明瞭な言葉で表現できるから邪悪な目的には誰も支持せず、かつ反対する。

社会システムは初めに枠決めがある。システムの及ぶ範囲を決めてシステム構築をやる。

これがあるから「国家」は不可欠になってくる。グローバルの国境を無くすというのと対極の考え。そして国家は主権を持つから国家なのである。主権を持っていなければ植民地に過ぎない。欧州連合(EU)が問題を次々と起こしているのも国家の主権の大きな部分、通貨発行などを国家が放棄したことによって起きている。では欧州連合の政策は誰が決めるのか?

欧州議会議員選挙には統一された選挙制度がなく、各加盟国は以下の3つの原則に沿って自由に選挙制度を決めることができる。

政党名簿または単記移譲のいずれかによる比例代表制
比例代表制の性質に影響しない限りにおける、複数の選挙区の設定
5%を超えない限りでの最低得票率の設定

加盟国ごとの議席数の配分は逓減比例の原則に基づいている。すなわち、それぞれの加盟国の人口規模を考慮しつつ、人口の少ない国には正確に比例配分するよりも多くの議員数を配分している。また実際には基本条約の協議において各加盟国に配分される議員数が決められているため、配分数を算定する正確な方式は策定されていない。なおこの配分はすべての加盟国政府の全会一致でしか変更しえない。


欧州連合規模で直接選挙が行われている欧州連合の機関は欧州議会のみである。

ここで疑問が出てくる。基本、直接選挙であっても「代議員制」は変わらない。しかもこの代議員制はインターネット登場以前の考えによる代議員制だ。代議員制が必要なのは数が多いからであって、その数の多さはインターネット以前では物理的な制約が大きいために代議員制をとる。同時に数の多さに反比例して議会の扱う問題が数比較で少なくなっていく。要するに「雑」になってくる。

それでも議会監視の報道機関のような存在があれば不正もある程度は防げる。が、実際には報道機関自体が投票による選出ではなく、少数の大資本での支配なのだ。大資本の意向によって報道が捻じ曲げられるのは仕組み上、普通に起きる。つまり「報道システム」自体が不良品なのだ。こういう不良システムが議会の監視機能になっているから代議員の腐敗は恒常的に起きる。

結論として欧州議会のシステムは時代遅れも甚だしいということになる。インターネットが登場してその時代遅れが際立ってくる。インターネットを利用した政治形態ははるかに木目の細かい対応ができるシステムを作ることが出来る。しかも迅速性は遥かに速い。このインターネットの特質を無視しての政治は明らかに歪んだ意図が透けて見える。

今までは日本社会を前提とした統治システムの怪しさを表に引き出そうとしていたが、これが世界規模の「怪しさ」だと方針の修正が必要になってくる。それでも基本は「世界の奴隷化阻止」だ。今度は奴隷化現象で何が起きるか?まで含めて書いていく。マジ、怒りがふつふつと湧いてくるよ。



次の時代の光景

筆者は耳が遠い。しかも中途半端に難聴だから障害者手帳も貰えない(苦笑)。が・・・悪運が強いのか、昔の知人達からメールでSkypeをやれとしつこく迫られて設定をやり、カメラを買いに行った。それでも気が重いのはメールのやり取りは何十年も続けていたが顔を観るのは30年ぶりだ。いきなり30代の相手が60代になった顔を観ることになるし、同じように相手も筆者の40代頃の記憶しかない。いや・・・今書いて気が付いたが40代でも前半の40代だった。

「悪運が強い」と書いたのはSkypeで難聴の問題が霧散したことを指している。マイク付きヘッドホンをつけるから難聴になる前の正常な聴力に戻って会話ができる。実は筆者も往生際が悪く、1週間ほどはカメラを付けずに電話で話をするようにSkypeを使った。そのために相手がしびれをきらした。音声だけだと3人会話がやりにくいため。「顔がムチャクチャになってるんではないかってAが言ってたぞ」とBに言われて、それで頭にきた。カメラをすぐに取り付ける。

ディスプレの上のカメラにオレンジ色が点灯する。そしてディスプレの画面を見て息をのんだ。知らない老人が二人映っていた・・・。

「浦島太郎が見た光景はこれだったのだ!」ととっさに思ってしまった。最初の1時間はだから悪口の言い合いだ。誹謗だらけ。そして罵り合っているうちに昔の相手の癖が見え、その癖で次第に老人が中年になる前の頃の相手と重なって相手に慣れてきた。

慣れは1日ではない。1時間で慣れる。人の適応力の恐るべきことよ・・・。

筆者のブログを読んでいるから、こういうことを書いていいのかな?(苦笑)。ともあれ、最初は3時間くらい喋った。顔が映っていると電話と違って何時間でも喋れる。「今度そっちに行こうか?」とBが言ったから「来るな」と答えた。「耳が悪いから実際に会っても今みたいに話が弾まないぞ」と、理由を言うと「そうか」と納得する。マイク付きヘッドホンは補聴器と全く違う。いや・・・今の補聴器は性能が良くなっているかもしれない。が、たぶん、ヘッドホンよりは使い勝手が悪いはずだ。

これでインターネット信者になってしまった(笑)。筆者は言葉だけでは納得できない性分なので体験がないと自分も信じないし、信じないから人に語るのも嘘の部分が大きくなってしまう。今は体験済みなので憚ることなくインターネットの衝撃を語ることが出来る。「凄い!」と躊躇いもなく言える。

パソコンで絵を描き、動画も作った。これはこれで「凄い!」と思ったのだが、Skypeの衝撃はさらに強い。コミュニケーションが現実になって、嫁さんよりもSkype仲間との会話がスムースに行く。聞き取りの間違いがない。

が、リアル社会でのコミュニケーションの難しさも逆に認識した。筆者が難聴になった主因は自宅仕事だったのでヘッドホンを付けて音楽を大音声で聴いていたのが主因。それで鼓膜を緩くさせてしまった自分が悪い。しかしある時期から営業はやれないと思いだした。応接間にあるテーブルを挟んでの会話で相手の言葉が聞き取りにくくなってきたのだ。筆者の得意だったヒソヒソ声での寝技的技巧が出来なくなってきた。ヒソヒソ声での会話こそ営業の中心になるわけだから、これができないとお手上げだ。

Skypeは軽度の難聴者にとって夢みたいなツールでもある。高齢化が進んでいる現在、この恩恵は正常な聴力の人には気が付かないと思う。刀や槍の時代、拳銃を手にすると体力の劣る者はたちまち元気になってくる。木刀を振り回しての稽古をする必要もなく、素早く拳銃を抜き出す訓練だけでいいから体力の勝る相手をせせら笑ったかもしれない。相手が刀を振り下ろす位置にまで行く必要もなく拳銃をぶっ放せば簡単に勝負のケリがつく。そうなると剣術使いは自分の今までの修練が虚しくなってくるはずだ。

これがネットが始まりだした頃に起きた。最初にパソコンを使いだしたのは会社では地位が低い人が中心だったからだ。この層が情報時代の幕開けの主人公になる。むしろ問題は自分が主人公に成れる時代が来ているのに、下っ端に慣れてしまって主人公に成れることに気が付かなかったことだ。せっかくの大チャンスを逃した。

企業の本質は「創造力」に尽きる。99%の相手はこの創造力を持っていない。惰性的に業務をこなしている。これは社長でも重役でも同じ。むしろ創造性を持った者は迷惑であり、危険だという認識がある。そりゃぁそうだ。今まで剣を振り回す熟練者として会社を興し、部下に剣術の修練を要求してきたわけだから。それが拳銃使いがやってくると自分がバカに見えてしまう。バカに観られたくなければ拳銃使いを抹殺するしかない。

既得権の本質もここにある。既得権を獲得した者は社会変革を望まない。

しかし、それでも拳銃使いは戦いの有利さで生き残り、じわじわと勢力を広げていく。ちょっと頭が賢いと、あるいは苦労するのが嫌いだと剣術の修練よりも拳銃を抜き出して正確に弾を撃つ方が楽だと気が付くからだ。また確実に勝つ。

これがインターネットの時代なのだ。情報を使いこなして下剋上をやり始めていく。スタートラインに立つのに役職も学歴も男女も関係がない。走り出したら頭の使い方や勘が決め手になってくる。しかも役職の就いた者にとっては厄介なことに、ネットをやる時間が引きこもりよりはるかに短い。これで引きこもりで賢い奴に差を大きくつけられてしまう。

ちょっと前にアフガニスタンでの戦闘に向かう兵士が背広姿で家を出て、車を走らせ、そして軍隊内の仕事場に向かう動画があった。軍隊内に入ると普通の制服に着替え、しかし入るのはゲームセンターみたいな場所。ここで戦争ゲームをやるようにパソコンを操作してミサイルをぶっ放すのだ。ディスプレを観ての攻撃だから恐怖感などまるで感じていない。恐怖感がないから冷静にスティックを操作して、的確にボタンを押す。ディスプレの画面には敵側の軍用トラックが爆発して炎上している。

こういうことが戦場だけではなく日常生活の色々な場所で起きているし、起きる。そういうことをやる人が少ないから眼につかないだけ。パチンコ屋でも店長室はディスプレが上下左右にずらりと並んでいる。しかし店長室に入れるのは店長一人。こういう場面を知る人は圧倒的に少ない。だから多くの人には現実感が出てこない。

しかし、次の時代の光景はこれが普通になる。

見えない維新戦争の時代

人間は食わねば死ぬ・・という簡単な事実で成り立っているためにどんな状況でも「生活」は継続している。だから問題は「生活」の中身になってくる。この中身が次の主流を準備している。

中国や朝鮮の日本に対しての謀略が謀略という潜んだ行動から表立ってくるともはや謀略ではない。叛乱だ。叛乱になったために隠れ工作員や工作集団が隠れ蓑を脱ぎだし、本来ならそれで一気に大攻勢になるはずなのだが逆に百姓一揆のような状態を露呈しだした。この思惑の大違いはネットを正確に分析していないために起きている。

江戸幕府の読み違いも「薩長」という次の時代を背負った集団、つまり「次の時代」を背負っていることに気が付かなったことで起きた。単純に「薩摩藩「長州藩」と他の藩と同様に見做してしまった。しかしこの両藩は「尊王攘夷」という看板を背負っていたのである。それに対して徳川幕府は売りになる看板がホコリだらけになっていた。「徳川」というだけで支持勢力も内心は「古臭い」と感じていたはずだ。

ここで「尊王」という言葉が強烈な光を放ってくる。実際の統治者が徳川「将軍」であるために「将軍」が「尊王」の前で一つの藩に位下げされてしまった。これはいつの間にか徳川家が統治者「代理」になったことを意味する。「代理」なら交換可能なポジションだ。実際、徳川本家自体が「代理」だと認めてしまうのである。この弱さで徳川慶喜は鳥羽伏見の戦いで勝敗が決していないにもかかわらず、大阪城から江戸に逃げ帰ってしまった。

さて、この戦い。実は、薩摩藩と旧幕府側の勝手な私闘。つまり、本来、朝廷には関係がないんですね。しかし、岩倉具視が官軍の証である「錦の御旗」を制作するよう薩摩の大久保利通や長州の品川弥二郎に指示。

 幕府軍15000に対して、薩摩藩、長州藩ら新政府の軍は5000ほどで、当初は一進一退の攻防が繰り広げられていましたが、1月5日に錦の御旗が新政府軍に翻ると戦況は一気に新政府軍優勢に転じます。

 旧幕府軍としては、天皇の象徴に向かって弓を引くなんてできませんからね。指揮は下がるばかり・・・。また、どちらにつくか態度を曖昧にしていた諸藩も天皇の敵になることを恐れて新政府支持を次々に表明。天皇への忠誠を示すために新政府側に寝返る藩も続出となります。

 「こりゃダメだ」

 ってことで、慶喜は突如、大阪から江戸に戻ってしまい幕府軍は自滅するように大敗してしまうのでした。 

http://www12.plala.or.jp/rekisi/tobahusimi.html

歴史もこのような書き方だと歴史好きが相当に増えると思う(笑い)。

これを現代に当てはめていくとどうなるか?「尊王攘夷」が「インターネット」に名前を変える。「尊王攘夷」で幕府が倒れたように「インターネット」で多くの体制が崩れていく。インターネットが「錦の御旗」になってしまうのだ。いったんインターネットが「錦の御旗」になってしまうと、もう誰もインターネットに逆らえなくなってしまう。「錦の御旗」に逆らうことになってしまうためだ。

「誰もが」の中身には徳川幕僚まで含まれている。自分達が支配者であることに自信を失ってしまう。

この内部の人間まで支配者意識を失ったときに体制は崩壊する。ソ連崩壊は正しくこの通りになった。中国共産党支配もこの過程で崩壊していく。統治者としての自信を失ってやることなすことの全てが裏目に出てくる。「錦の御旗」を失っているためだ。

これが日本では「インターネット」なのだ。今は高齢者の、それも婆ちゃんや奥さんまでがパソコンを開いてネットを観ているのだ。「尊王攘夷」がここまで広がり、浸透している。これでは徳川幕府体制は終わりだ。求心力を失ってしまっている。そして「錦の御旗」を掲げたところが求心力を持ち出す。

インターネットには色々な意見がゴマンとあるから、ついついインターネットが「錦の御旗」であることに気が付かない。

これはインターネットが技術であるためによる。技術なので意見がない。意見はないが技術それ自体が巨大な意見になっているのだ。「何がどのように」に関係なく、誰もがインターネットを認めてしまったのだ。需給というのは「見えない」し「聞こえない」が認識させるという意味で言葉なのfだ。言葉は認識させるから使うわけで、であるなら「認識させる」ことができるなら言葉である必要もない。そしてインターネットは認めさせてしまったのだ。

誰もが気が付かないうちに体制が変わりつつある。銃や大砲を使わずに「情報」という力で体制を変えだしたからこの推移に気が付きにくい。しかし、これをインターネットの局地戦と捉えれば明確に「戦い」であることに気が付く。需給も一つの攻防戦だ。車は「売れる」という形で車の勢力図を広げていき、気が付くといつの間にか車社会になっている。何も権力の取りあいだけが戦ではないのだ。土地の奪い合いもあれば商品の奪い合いもある。その奪い合いには確かに勝者と敗者が存在するのだ。

情報「勢力」は拡大する一方であるから、情報に適応できない勢力はやがて滅びる。消滅してしまう。職を失って転職するしか生きる道が無くなる。これは江戸幕府でも武士の失職という形で起きたのだ。

歴史は学校の教科書ではなく、現に起きていることを認識させるためにある。

次の時代を情報テクノロジーの時代と筆者が提議するのも歴史と照合しての判断。しかもこの「情報テクノロジー」は薩長のような武力性も秘めている。抵抗する勢力を力でねじ伏せようとしてくる。その意味で商品普及とは違う。政治の舞台である議会さえも情報テクノロジーは「城を明け渡せ!」と要求してくる。そういう時代が始まっているのだ。

リアル「ジャッカルの日」

今の情勢においては、北朝鮮の核実験は、米国や日韓などの同盟国、西側諸国ではなく、中国の現政権をターゲットにしている。
考えても見てほしい。前述したとおり、金正恩政権は江沢民派の傀儡だ。つまり、北朝鮮は習政権と対立する立場にある。そして北朝鮮の核実験場は中国との国境からわずか100キロメートルの場所に位置している。

 北朝鮮の核の脅威にもっともさらされているのは、韓国でも、日本でも、アメリカでもなく、すぐ隣の中国なのだ。核ミサイルが実際に発射されなくとも、例えば北朝鮮の核実験場で何らかの「事故」が起きた場合、放射能で汚染されるのは中国東北部だ。

 こうしたことから考えると、今の北朝鮮の核実験が、習政権に対する江派からの報復であり、脅しであることは明らかだ。「我々はいつでも北朝鮮の核を切り札に用いることができる」という江派の意思表示だ。

 以下で、中国国内で起きた胡習vs江の政治闘争と、北朝鮮が行った核実験を時系列で説明する。胡習VS江の政治闘争と、北朝鮮の核実験がリンクしていることが分かるはずだ。


北朝鮮の核実験位置

5月上旬、北海艦隊の視察のためにミサイル駆逐艦に乗船し黄海を航行していた胡錦濤氏が、軍艦2隻による暗殺未遂に見舞われたことが香港メディアにより報じられた。

 6月中旬、胡錦濤が、江沢民が次期後継者に指名しようとしている人物、上海市委書記の陳良宇について内部調査するように命じた。9月24日、陳良宇は社会保障基金を私的に流用した罪に問われ、罷免された(上海市保健基金事件)。陳良宇の失脚は江派勢力にとって大打撃であった。

 10月、北朝鮮が第1回目核実験を行った。

2回目核実験と、2度目の胡錦濤暗殺未遂事件

 09年4月23日、青島で中国海軍による海上パレードが行われた。この時、中国海軍だけでなく世界五大陸から29か国の海軍代表団と、14か国から21隻の艦艇が青島に集結していた。この海上パレードが始まる直前に、江派が計画していた胡錦涛暗殺計画が漏れて、犯人が逮捕された。

5月25日、北朝鮮が2回目の核実験を行った。

http://www.epochtimes.jp/2017/04/27198-2.html

大紀元より部分引用。

部分引用が惜しいくらい名作「ジャッカルの日」のような展開。前に書いた「核ミサイル照準に北京が台頭」と同じ見解を中国人も書き出した。こちらは推理小説風に日にちと核実験の符号を明示。

こういう記事の紹介は、言葉の使い方は悪いが書いている側も妙にワクワクして書いているんだね(苦笑)。核ミサイルの直撃を受ける時間帯は普通に考えて早朝だから熟睡中。直撃を受けたらお終いになってもう起きることも、眼を覚ますこともない。これに似た体験が全身麻酔の手術。麻酔をかけられる前に「中途半端な麻酔だったら嫌だなぁ」と思っていたのだが、いざ麻酔をかけられるとほぼ一瞬に自分を失った。そして目を覚ますまでの4時間が自分の人生で消えた。手術の失敗で眼を覚まさなかったら、そのまま「何もない」。「無」という言葉を実感した。

これで「諦観」が出来た。若いときから「なるようになるさ」と、どこか自分の人生に執着していなかった部分があったが、その上に「諦観」が積み重なってきた。「ジタバタしてもダメなときはダメ」って諦めの気持ちが今は支配している。

ま、諦めぱなっしだけでは管を何本も通されたベットの上の患者なので、元気が回復したら「生きること」に戻らねばならない。

だから大病を患った後の「意識の急旋回」がやがて日本社会にも訪れるという見通しを持っている。これは癌を宣告されて「あと1年間の命です」と告げられると、残り1年間をどのように生きるか?これを多くの人は考えると思う。そうすると改めて自分を振り返り、「汚れているなぁ・・・」と自分の心を見つめてしまう。で、「心の汚れを洗わないと・・・」と、自分のために善人として振舞い始める。

昔、「あなたならどうする?」という歌が流行ったが、この言葉を締めくくりとして置いておこう。

明日への準備

先に表題を書いた。今度の社会変動になる黒船は北朝鮮・・・正確に言えば身近になってくる核戦争や化学兵器戦争だが、これが妄想ではなく現実になった場合、日本社会はどうなるのか?これが「明日への準備」。解説の段階は終わったと観る。

細かいことは現場に立つ人に任せて、「こと」が起きた後は対応の動きが激しくなり、同時にこの激しい動きの過程で様々な粛清も始まっていく。これは明治維新前の江戸末期の状況が参考になる。「尊王攘夷」の旗印が必要に迫られることによって「攘夷」が消えていった。幕末の「人斬り」何々のテロが今また始まる可能性も。

元治元年(1864)長州藩が京都に出兵し、会津・薩摩 などの藩兵と蛤御門付近で戦って敗れた事件。前年8月の政変で失った長州藩の勢力回復を図ったもの。これを機に、江戸幕府の第一次長州征伐が行われた。禁門の変。

このときの薩長の敵対関係が次の動乱、「鳥羽・伏見の戦い」で恩讐を超えて結託してくる。

石井はさらにこれを次の三段階に分けた。

「将来の絶対主義的全国政権」を争う「天皇政府と徳川政府との戦争」(鳥羽・伏見の戦いから江戸開城)
「中央集権としての面目を備えた天皇政府と地方政権“奥羽越列藩同盟”との戦争」(東北戦争)
「封禄から外れた旧幕臣の救済」を目的とする「士族反乱の先駆的形態」(箱館戦争)

薩摩藩など新政府側はイギリスとの好意的な関係を望み、トーマス・グラバー(グラバー商会)等の武器商人と取引をしていた。また旧幕府はフランスから、奥羽越列藩同盟・会庄同盟はプロイセンから軍事教練や武器供与などの援助を受けていた。戦争が早期に終結したため、欧米列強による内政干渉や武力介入という事態は避けられた。


戊辰戦争中の薩摩藩の藩士

戊辰戦争中の薩摩藩の藩士

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%8A%E8%BE%B0%E6%88%A6%E4%BA%89

社会はどの国でもある段階で秩序を塗り替える新しい勢力が出てくるが、「塗り替えてくる」勢力の中心は体力のある若い人たちによってだ。「若さ」はどうしても思考不足に陥りがちなので無意味な流血をも起こす。この流血を最小限にとどめるには「次の筋道」を経験を踏んだ熟年者が提示すべき。

戦争というのは一にも二にも「効率」。動き回っているだけでは効率の良さは生まれない。ここが平和な時代と大きく異なってくる。行動と直結した思考や判断が主力になるわけで、それが故に人の入れ替わりも激しくなってくる。維新の志士が青年であった理由もここにある。江戸幕府の秩序意識が「行動と直結」した行動様式でぶっ壊されてしまう。「法律が・・」が通用しない。「あれをやれ!」「これをやれ!」という指図でないと歯車の急な回転には対応できない。

この中で旧来の「腐敗」も一掃されてしまう。「腐敗」の行動形態は弁解に観られるぐずぐずした形であるためだ。論理が一直線でないと動きの速い状況では斬り捨てられてしまう。これが今までの日常を一変させる要因になる。

そうなると浮上するのは「目的意識」。戦時下の特徴は無理を無理でなくしてしまう勢いにある。敵も味方も同じ。ここでぐずぐずする体制だと間違いなくその体制は負ける。明治維新になって日本が短時間で西欧列強に追いついたのも維新の動乱を経験しているためだ。目的が出来ると一直線に進むスタイルになっていた。

これを情報社会に突入した現在に当てはめるとどうなるか?

情報システムに対応できる体制に一気に進む。この体制がどういうものになるかを判断するのは時期尚早なので述べないが、情報システムの性格上、次々と情報システムが繋がっていくのは容易に予見できる。この繋がりの中で政治も変わる。変わらないとまかり間違えば現在の政治は情報システムの急展開に置いてきぼりになる可能性すらある。

これは「情報システム」が明治維新を作り出した薩長と見做すことさえできるのだ。技術が人を超えてしまう。槍と刀に対して、どのような思想を持とうと銃や機関銃を持っている側が勝ってしまう。この「銃や機関銃」に該当するのが「情報システム」なのだ。これによって適所適材、兵器や軍事資材が必要なところに迅速に移動できる。戦時下でもあるのでモタモタは生まれにくい。モタモタしている部署はそのまま負けて消滅する。

これは地震や津波に対する人の行動と同じでもある。そうであるなら心構えも津波や大地震に備えるようにしておくに越したことがない。いつでも直ちに行動を起こせる心構え。

これで凶変が起きなくても心構えは残る。この心構えが次の社会を作り出していく。歴史の動きを観ていくと、どの社会でもこういう変化の動きがある。変化に対応できなければ・・・自然淘汰の波に洗われるだけ。
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